■顔に当たりそうになったカット

 そんな器用な上原でも、習得できなかった球がある。

「川上憲伸のカットボールです。オフに名古屋まで出向いて、本人に教えを乞うたのに“あいつのようなボールは投げられん”と諦めたそう」(前出のスポーツ紙デスク)

 彼との対戦でスクイズのサインが出たときの衝撃を、前出の井川氏が振り返る。

「映像では少ししか曲がらないイメージですが、実際は全然違う。そのときは立てたバットに当てて、スクイズもなんとか成功させましたが、顔面にモロに当たるかと思ったほどでした」

 その川上が参考にしたのが、ほぼ全球がカットボールという稀代のカットボーラー、M・リベラ。

 彼が守護神として君臨した00年代のヤンキースで同僚としてプレーしたのが、他ならぬ井川氏だ。

「いわゆる“真っスラ”なのかと思っていたら、キャッチボールでは全然そうじゃなくて。実はブルペンでは、シンカーも当時から投げていて、それもめちゃくちゃ良かったですけどね」

 川上が、打者の手元で鋭く変化するカッターで沢村賞投手にまで上り詰めたのも納得だ。

【後編】シンカー・シュート編では、サブマリン&サイドハンドの決め球シンカーや、“巨人キラー”で名を馳せた平松政次の代名詞“カミソリシュート” の凄さ、自身も屈指の使い手の一人だった井川氏が明かすチェンジアップの秘密なども詳報する。

田尾安志(たお・やすし)
1954年、大阪府生まれ。高校時代は投手として注目を集め、同志社大では投打二刀流で活躍。75年、ドラフト1位で中日に入団。16年間で1683試合出場し、通算打率.288(5414打数1560安打)、149本塁打、574打点を記録した。

井川慶(いがわ・けい)
1979年、茨城県生まれ。水戸商業高校から98年にドラフト2位で阪神タイガース入団し、2003年には20勝を挙げてチームのリーグ優勝に大きく貢献。最多勝・最優秀防御率・最高勝率に加え、MVP、沢村賞、ベストナイン、最優秀投手と主要タイトルを総なめにし、04年10月4日の広島戦では史上71人目となるノーヒットノーランを達成。NPB通算219試合に登板し、93勝72敗1S、防御率3.21の成績を残し、07年にはMLBニューヨーク・ヤンキースへ移籍。帰国後はオリックス・バファローズに加わり、再びNPBのマウンドで活躍した。

野口寿浩(のぐち・としひろ)
1971年生まれ、千葉県出身。習志野高時代に高校通算11本塁打を記録し、89年オフにドラフト外でヤクルトスワローズに入団。98年に日本ハムファイターズへ交換トレードで移籍し、監督推薦でオールスターに初選出。99年には正捕手として130試合に出場。翌年には最高打率.298を残し、得点圏打率もリーグトップで、「ビッグバン打線の恐怖の8番」と恐れられた。捕手としても盗塁阻止率.423を記録し、二度目のオールスターゲーム出場。03年にはトレードで阪神タイガースに移籍し、翌年10月4日の広島戦では井川慶とバッテリーを組んでノーヒットノーランを達成した。08年には再取得したFA権を行使し、横浜ベイスターズへ移籍。引退後は、17年にヤクルト2軍バッテリーコーチ、18年は1軍バッテリーコーチを務めた。