武田鉄矢が、心を動かされた一冊を取り上げ、“武田流解釈”をふんだんに交えながら書籍から得た知見や感動を語り下ろす。まるで魚を三枚におろすように、本質を丁寧にさばいていく。
『バルセロナで豆腐屋になった~定年後の「一身二生」奮闘記』(岩波新書・清水建宇著)という、なんともインパクトのあるタイトルの本を題材に、読者の皆さんも興味があるであろう“定年後の第二の人生”について、お話ししております。
前回は、かつて『ニュースステーション』(テレビ朝日系)でコメンテーターも務めたことがある著者の清水さん(朝日新聞社勤務)が、なぜ“バルセロナで豆腐屋をやろうとしたのか”について、武田節全開で紹介させていただきました。《#01はこちらから》
それが実は極めて単純な理由。
・今まで行った海外都市で一番良かったのがバルセロナだったから
・豆腐が好きだが、現地ではうまいものが食べられそうにないから
これだけ。
皆さんがなにげなく手にしておられる豆腐ですが、スーパーに売ってる豆腐は大量生産品。清水さんがやりたいと思っているのは、地元の商店街にあるような昔ながらの手作りの豆腐店。大の豆腐好きな清水さんだけに、出来合いのものを、ただ売るんじゃなくて、自分で作って売りたい。
……とはいえ清水さん、自分で豆腐を作ったことがない。豆腐屋になるのに作れないってんじゃあ話にならないってんで、修業に出る。
2007年秋に定年退職した清水さんはまず、引っ越しをした。豆腐作りを学ぶには、午前5時には店に着いていないといけない。朝の5時といえば、まだバスも電車も動いてないから自転車で通うことになる。ところが、清水さんの家から自転車で通える範囲には豆腐屋がなかった。そこで以前、住んでいた千葉県・習志野市にある公団住宅に引っ越しして、京成線の駅前にある豆腐屋で修業が始まった。