■正午過ぎに飲む焼酎の豆乳割り
この崩し加減が難しい。細かく崩しすぎると豆腐が堅くなり、粗く崩して大きなかたまりが残ると豆腐に隙間ができてしまう。まさに熟練の技なんですね。
型箱に入れた崩した豆腐を布にくるんでたたみ、竹のすだれを載せて、さらに型箱に蓋をしてから重しを載せる。そして豆腐の固さを確かめてから水槽に移して、ようやく木綿豆腐の出来上がり。
ここから次は油揚げ、厚揚げづくり。豆腐屋さんは休む暇なく作業を続ける。しかも豆腐そのものは例の水槽の中で冷水で静かに冷やすけれど、がんも、油揚げ、厚揚げ、こちらは熱との戦いになる。豆腐屋さんというのは、熱い冷たいを往復する大変な稼業なんですね。
これらの一連の作業が終わるのが、午前5時から取りかかって、だいたいお昼近くだそうです。豆腐屋さんというのは朝早くから始めて、それだけの労働時間が必要なんですね。
この三河屋豆腐店では本日売る商品を作りあげたら、一息つくために豆乳で乾杯するんです。
正午過ぎ、油揚げ作りが終わったところで休憩になった。奥さんが豆乳入りのコップとお菓子を持ってきて、みんなで味わった。豆乳には少しだが焼酎が入っている (清水建宇.『バルセロナで豆腐屋になった――定年後の「一身二生」奮闘記』. 岩波新書, 2025, p.31)
本書にはこうありますが、ただの豆乳じゃない。焼酎を入れて豆乳割にして飲む。本を読んでいて思ったけど、この豆乳割はめっちゃ、うまいに決まってるって!
三河屋豆腐店の師匠の鈴木さんは本当に親切な方で、他店で3か月豆腐づくりを見学してきたとはいえ、素人同然の清水さんに懇切丁寧に豆腐作りのイロハを教えてくださる。
当の清水さんですが、もともと新聞記者なもんで、作業の途中途中でメモを取る習性があるんですね。
おそらく何回か、師匠から怒鳴られた様子が文章から伝わってきます。私も知りませんでしたが、ふだん、なにげなく食っている豆腐も、いざ作るとなると勘所を覚えるのが難しい食品なんですね。
それでも3か月の修業で豆腐作りを一通り覚えた清水さんは三河屋豆腐店での修業を終えて、バルセロナでの豆腐店開業に向けて本格的な準備に入ります。
スペイン語を学び、中古の豆腐製作機材を買い集め、その隙を縫ってスペインのバルセロナに飛んで豆腐屋物件を探す。定年後によく、これだけ大変なことをおやりになったなと感心します。
そこまで豆腐屋に入れ込む理由は何なのか。ただ豆腐好きなだけじゃない。まるで豆腐に対して、すごい怨念でもあるかのようにのめり込む清水さんのこの情熱に、私はただただ感心しました。
そして、読者として気になるのはただ一点。そこまで大変なご苦労をされて開業した豆腐屋ですが、うまくいくのかどうか。
「はたしてバルセロナで豆腐が売れるのか」
読み進めるうちに、私は、その一点だけに引きつけられていきました。
元朝日新聞の記者が定年後、バルセロナで豆腐店を開業した。ゼロからの修行の日々、異国の地での苦労、新たな出会いと交流、ヨーロッパから見た日本とは――。人生後半の新たな挑戦を目指す人々に贈るエッセイ。

武田鉄矢(たけだ・てつや)
1949年生まれ、福岡県出身。72年、フォークグループ『海援隊』でデビュー。翌年『母に捧げるバラード』が大ヒット。日本レコード大賞企画賞受賞。ドラマ『3年B組金八先生』(TBS系)など出演作多数。