■リーダーシップがある若手選手

 求められるのは、契約最終年の阿部監督による、捨て身の総力戦だろう。

「スターがいないキャンプは例年に比べて静かでして。そんな中、一番張り切って動いていたのが阿部監督。居残り特打の打撃投手をやったり、悩める戸郷翔征に手取り足取り助言したり……。その熱さが実を結んでほしい」(巨人担当記者)

 阿部監督が待望する若手の芽も出てきている。

「このキャンプで最も自分を追い込んでいたのは、泉口友汰(26)と石塚裕惺(19)でしょう。これまであった4日の休養日中、3日は返上して猛練習。泉口には中山らが打撃指南を求めるなど、もはやチームのリーダー格といっていい」(前同)

 巨人の球団スタッフも若返りに期待している。

「中山は体が一回り大きくなり、フリーバッティングの飛距離が格段に伸びた。中山と泉口を評して、あるコーチは“中山は中京大中京。泉口は大阪桐蔭、青学大、NTT西日本とアマ球界のエリートコースで鍛えられている。そういう選手は必ずチームの核になるんです”と」

 阪神一強ともいわれるセ・リーグだが、その阪神は、圧倒的中継ぎエース・石井大智(28)の左アキレス腱損傷による離脱があった。巨人でヘッドコーチを務めた前出の伊原春樹氏は、しみじみ語る。

「ケガはもちろん、長いシーズンですから、何が起こるか分からない」

 開幕まで約1か月。スタメンの白紙の上に、優勝までの地図が描かれるか。

【前編】“レギュラー白紙”の異常事態! 阿部巨人「先発ローテ」&「開幕スタメン」大予想【投手編】では、ハワード、ウィットリー、マタという3人の新外国人投手の実力や、田中将大と則本昂大が抱えるマウンド外の懸念なども詳報する。

秦真司(はた・しんじ)
1962年7月29日生まれ。徳島県鳴門市出身。鳴門高等学校から法政大学に進学。84年、大学4年生のときに日本代表としてロサンゼルスオリンピックに出場し、金メダルを獲得。翌年ヤクルトスワローズに入団し、88年に正捕手の座を掴んだ。古田敦也選手の入団後は外野手に転向し、勝負強い打撃でチームに貢献。ヤクルトスワローズが6年間で4度の日本一(92~97年)に輝いた黄金時代に選手会長を務めるなど(93年)中心選手として活躍した。その後、日本ハムと千葉ロッテを経て、引退後は千葉ロッテの打撃コーチや中日ドラゴンズのコーチも務めた。2008年には独立リーグ・群馬ダイヤモンドペガサス監督に就任。読売ジャイアンツでは、一軍と三軍でバッテリーコーチを経験している。

伊原春樹(いはら・はるき)
1949年1月18日、広島県甲奴郡上下町(現・府中市)生まれ。北川工高(現・府中東高)から芝浦工大を経て、ドラフト2位で71年西鉄ライオンズに入団し、内野手として活躍。76年から巨人に移籍したが、78年にライオンズ復帰。80年限りで現役を引退し、翌年から99年まで西武で守備走塁コーチなどを務め、黄金時代を築いたチームの名3塁コーチとして勝利に貢献。2000年の阪神コーチ、01年の西武コーチを経て、02年に西武監督就任1年目でリーグ優勝を果たす。04年にはオリックス監督、07年から10年まで巨人ヘッドコーチ。14年の西武監督など歴任し、通算14回のリーグ優勝、7回の日本一を経験している。