■不況下での豆腐屋物件探し

 ところが清水さんは運が強いんだ。バルセロナでの豆腐屋物件探しですが、この不況が幸いしたんですね。本来ならば、どこの誰だか分からない日本人の食品小売業に店舗を貸すのは警戒されるところですが、スペイン中に「貸します」「売ります」の看板をかけた物件があふれ返っていた。とにかく家主は誰でもいいから、貸したくて貸したくてしょうがない。

 そんな状況下で清水さんが見つけた物件がアリバウ通り……日本風にいうと“アリバウ通り商店街”にある潰れた花屋の跡物件。広さ150平方メートル、約45坪。天井までの高さが4~5メートルあって広く感じる。家賃は月額2100ユーロ(当時の為替レートで約27万円)。

 

  日本で大都市の中心部にこの広さの店舗を借りたら、いくら家賃を取られるだろうか。(中略)不況のどん底だからこそチャンスに恵まれたと痛感した (清水建宇.『バルセロナで豆腐屋になった――定年後の「一身二生」奮闘記』. 岩波新書, 2025, p.50-51)


 不況のどん底で借り手が誰もいないもんだから、清水さんのやりたい豆腐屋にドンピシャの物件を、いともたやすく借りることができた。これぞ、まさに“ピンチの後にチャンスあり”。

 さて首尾よく店舗は見つかったものの、このままでは豆腐屋はできない。大豆をすりつぶしたドロドロ状態を直火で炊くと焦げやすいため、ボイラーから蒸気を釜に引き込んで煮るそうです。店内には豆腐を煮る際に出る湯気を店外に吹き出す装置が必要で、そのために店舗には営業用の換気扇を付けないといけない。その内装工事の許可を当局から取りつける労力がかかり、さらに取り付け工事代などもバカにならない。

 それらすべての段取りを、清水さんはバルセロナという、言葉もよく通じないような国で行おうというんだから、異国で豆腐屋をやるのは大変なんですなあ……。

 開業に向けてどんどん進む店舗づくりに加えて、清水さんは店に並べる商品を考えます。絹豆腐、木綿豆腐、厚揚げ、がんも、油揚げといった定番の豆腐屋さんの商品の他にも、バルセロナで勝負するために自分たちの工夫でできる商品を考えてショーケースに並べたい。オカラで作るドーナッツ、納豆、それにオカラそのものも売っちゃう。

 それ以外にもしょうゆ、みそ、ソースなどの調味料、うどん、そば、即席めん、日本酒などなど。清水さんの言葉をお借りすれば「この店でお客が欲しいものをすべて買えるように、日本の食材も置きたかった」と、街中にある豆腐店とは思えないほどの品ぞろえを目指して清水さんは日本とバルセロナを往復しながら、開店に向けて忙しく飛び回る。

 豆腐屋開業に向けて懸命に努力される清水さんに協力してくれるバルセロナ在住の日本人の人たちも現れて、いろいろと手助けしてくれた。

 物件探しから不動産屋との交渉、貸主さんとの交渉などなど。さらには「自分たちの商品を置かせてくれないか」と、日本人の弁当屋さんもやって来て、豆腐と一緒に並べてジャパニーズ弁当も売ることになった。

 さあ、そんな状況で、いよいよ開店日が迫ってきた。

 2年間かけて準備した“清水バルセロナ豆腐店”が、ついに開業。これが2010年4月12日だったそうであります。

 はたしてバルセロナの人たちが鍋を下げて「木綿豆腐2丁ちょうだい!」って来てくれるのかどうか。読んでいる私のほうが心配になります。