■ついにバルセロナで豆腐屋オープンも…
開店30分前の10時30分、ショーケースに商品を並べ終えた清水さんがドキドキしながら表をそっと覗きに行くと、なんとお客さんが、すでに20人並んでいて行列ができていた。
この日のために「とうふまつり」と染め抜いた青いハッピを日本から持ってきていた。全員がハッピを羽織って入り口に並び、お客を迎え入れた (清水建宇.『バルセロナで豆腐屋になった――定年後の「一身二生」奮闘記』. 岩波新書, 2025, p.74)
開店時の様子がこう書かれていますが、ついに念願の豆腐屋がオープン。
肝心の客入りは、どうだったのか。
午後三時までが午前の部の営業で、午後五時から八時までが午後の営業になる。午後もお客が途切れることはなく、弁当は何度も追加したが売り切れた (清水建宇.『バルセロナで豆腐屋になった――定年後の「一身二生」奮闘記』. 岩波新書, 2025, p.74)
初日のお客さんは総計で108人。そのうち3割がスペイン人、あとはバルセロナ在住の日本の方。売り上げは1000ユーロ(当時、約13万円)をわずかながら超えたそうです。
ただ、結局、一番売れたのは……弁当だったんだ。
トンカツ、カツ丼、鶏のから揚げ、幕の内、ベジタリアン向けの豆腐ステーキ弁当といったジャパニーズ弁当が予想以上に売れた。清水さんは「うれしい誤算」と書かれますが、ちょっと残念だったんじゃないかな。一番売れたのが豆腐じゃなくて。
ただし清水さんを奮い立たせてくれるような嬉しい出来事もあった。日本からバルセロナに移り住み、妻に先立たれた80歳を超えた日本人男性が一番乗りでやって来て弁当を買って、ひと言。
「生きているうちに日本の弁当を食べられるとは思いもしなかった。妻にも食べさせたかった」
そう感激して帰ったそうです。
その後、清水さんはさらに商品を増やしていきます。油揚げがあるんで稲荷寿司(3個入りで2・9ユーロ=360円)やチラシ寿司のミニパック(2・9ユーロ)を並べたところ、よく売れた。デザートの豆乳プリン、杏仁豆腐も評判がいい。甘さ控えめのオカラドーナッツもヘルシーで、「スペインのドーナッツより、よっぽどうまい」と、日本人のお客さんから褒められたそうです。
“はたしてバルセロナで豆腐が売れるのか”と不安だった清水バルセロナ豆腐店ですが、初日から順調な滑り出し。
「バルセロナで、なんとか商売になりそうだ」
清水さんはじめスタッフ一同、そんな自信を持った。
……ところが、異国というのは、やはり一筋縄ではいきません。開業したその日のうちに、清水バルセロナ豆腐店は異国ならではの洗礼を浴びることになります。
元朝日新聞の記者が定年後、バルセロナで豆腐店を開業した。ゼロからの修行の日々、異国の地での苦労、新たな出会いと交流、ヨーロッパから見た日本とは――。人生後半の新たな挑戦を目指す人々に贈るエッセイ。

武田鉄矢(たけだ・てつや)
1949年生まれ、福岡県出身。72年、フォークグループ『海援隊』でデビュー。翌年『母に捧げるバラード』が大ヒット。日本レコード大賞企画賞受賞。ドラマ『3年B組金八先生』(TBS系)など出演作多数。