■コンビを引き裂く関東の宿命

 一方、“もう1人のツービート”きよしもバラエティだけでなく、役者として活躍。ドラマや映画作品の中で独特の存在感を示したものの、たけしと比べると活動が、いささか地味に映るのも事実だった。

「これはね、関東の漫才師の宿命なのよ」

 きよしはサバサバした調子で、2人の“コンビ格差”について話し始めた。

「関西には吉本興業のなんばグランド花月みたいな毎日、コンビで出る寄席があるでしょ? だからコンビが続いていく。でも、関東には、そうした場所がない。そしてブームが去ればテレビ局はコンビを別々に使いたがる。ソロで仕事をするのが自然な流れになっちゃうんだよ」(前同)

 きよしは飲食店経営の失敗などで最大1億円もの借金に苦しんだことがある。現在は完済したそうだが、どんなに苦境に立たされても、かつての相方にすがるような真似はしなかったという。

「あいつに対してジェラシーなんて一切なかったね。ただ“世界のキタノを見つけてきたのは俺だぞ”っていう自負はある。相方が有名になるほど俺をネタにしてくれるし、結果として、それが俺の宣伝にもなるわけでさ。ホント、ありがたいなと思うよ」(同) 

 コンビ結成から54年が経過した今も、2人の友情は変わらないようだ。

「あいつのほうが背負っているものが多いのは確かじゃない。俺のほうが幸せなんじゃないかなと思うことすらあるよ。俺は人の目なんて気にせず、好き勝手に生きてきたわけでさ」(同) 

 こうなると再びツービートでの漫才を期待したくもなるが、きよしはニヤリと笑いながら、その可能性に含みを持たせる。

「俺から“やろう”とは言わない。でも、あいつから言われたら断る理由なんてないよ。稽古だってするしね。最近の相方は別荘で優雅にゴルフなんてやっているみたいだけど、また、気が向いたら舞台に立って漫才することもあるんじゃないかな」(同) 

 果たして“伝説の復活”となるか――結成から半世紀以上、ツービートの友情物語はまだ終わらない。

ビートきよし(びーと・きよし)
浅草フランス座修業時代にビートたけしと出会い、ツービートを結成。1980年代、漫才ブームに乗り一世を風靡する。その後、「オレたちひょうきん族」「スーパーJOCKEY」など数々のテレビ番組をはじめ、ドラマやラジオ、映画、舞台、CMなど、多方面で活躍