武田鉄矢が、心を動かされた一冊を取り上げ、“武田流解釈”をふんだんに交えながら書籍から得た知見や感動を語り下ろす。まるで魚を三枚におろすように、本質を丁寧にさばいていく。

『バルセロナで豆腐屋になった――定年後の「一身二生」奮闘記』(岩波新書・清水建宇著)という、定年後に異国で豆腐屋を始める一大アドベンチャーを題材に、お話しさせていただいております。

 前回までに、朝日新聞社を定年退職した著者が2年間の準備期間を経て、ついにバルセロナで豆腐屋をオープンさせるところまで、お話ししました。《#01はこちらから》《#02はこちらから》《#03はこちらから》

 初日から順調な滑り出しを見せて、「バルセロナで、なんとか商売になりそうだ」という自信を掴んだ清水さんですが、ここは異国です。その日のうちに近隣住民から抗議が来た。

 

  片付けを始めると、二人のスペイン人が店に入ってきた。店がある建物の管理組合の理事長と副理事長だという。二人は厳しい表情で「換気扇が夜中も回り続け、住民から眠れないと苦情があった。同じことが繰り返されるなら警察に通報する。換気扇を使うのは朝八時以降とし、日曜と祝日は営業を認めない」と言った (清水建宇.『バルセロナで豆腐屋になった――定年後の「一身二生」奮闘記』. 岩波新書, 2025, p.74-75)


 清水さんはじめ、スタッフみんなが自信を持ったその日のうちに、クレームがついた。店が1階にあるんで、上の住民たちがうるさいから「営業時間を制限しろ」と要求を突き付けてきた。

 これに対して清水さんは、どう対応したか……。

 私は本当に感心したんですが、この抗議に対して清水さんは、その場ですぐに謝罪して、誓約書に署名をした。つまり自分たちの理屈を一切、持ち出していないんですよ。

 抗議に対抗するのではなく、近隣住民の要求にきちんと応えることで、「とにかく日本の豆腐をバルセロナの街で売っていこう。広めていこう」とする清水さんの固い決意の表れでしょう。

 清水さんに限らず、商売をやるとき、成功の灯が見えた瞬間に、抗議だったり、いわゆる商売の足を引っ張られる状況になるのは、当然あることなんでしょうね。

 近隣住民の抗議にすぐに謝罪して誓約書を書いた清水さんですが、この判断が間違っていなかったことがあとから分かります。