■大福を一口食べて怒り、人生が一変
そんなある日、大事件が起こる。
純子さんがアジア食材店に入ると“大福”が目に留まった。「あら、大福があるわ。嬉しい」ってなもんで、買って帰って食べたら、一口食べた瞬間に怒りが湧いてきた。
「これが日本の大福だと思われることは絶対に私が許さない!」
もしスペインの人が「これが日本の大福の味か」と思ったら私が恥ずかしいと、なんと純子さんは、その日から爆発したかのような勢いで一心不乱に自分で大福を作り始めた。
自分で作った大福を食べてみた純子さんは「これよ、これ! これが日本の味よ」と、清水さんの奥さんのところに大福を持っていくと、「これは売れる」と太鼓判を押されるほど、うまい大福。そこで純子さん、ふと思った。
「バルセロナで大福の店をやろう」
純子さんの大福を清水豆腐店で売ったところ、大人気商品となった。
さらに勢いのついた純子さんは自分でカフェを始めた。
純子さんの頭の中で日本のおいしいものが次々に浮かんでくる。カルピス、メロンソーダ、抹茶ケーキ、メロンパン、焼きそばパン……。純子さんが「こんなのがあったら、いいな」と思いついたものを次々とメニューで出したら大当たり。お客のスペイン人に特に好評だったのがメロンパン。純子さんの日本式カフェは開業して10年以上過ぎた現在も人気店だそうです。
私には、この純子さんのエピソードが象徴的な出来事だと思えます。
つまり、これこそ“ジャパンファースト”だと思うんです。
不幸な出来事を経験して、日本と日本人に愛想を尽かした純子さんが異国の地で出会った大福の味。
「これを日本の味だと思われては困る。なんとしても私が防ぎ止める」
このとき彼女が感じた「日本」というのは、日本や日本人ではなくて“大福”だった。つまり、大福が日本だった。この“ジャパンファースト”こそが、彼女が日本人であることを証明している。
我々の中にある“ジャパン”というもの。それは何か?
そんなに難しい問題じゃない。
「これは私が作ろうとしてる日本の豆腐じゃない」
「こんなのは日本の大福じゃない」
その豆腐とか大福こそがジャパンであり、実はジャパニーズではないだろうか。つまり、その心を持っていることが大事なんですよ。
今の日本は日の丸という国旗を巡る問題等々もありますが、この本を読みながら私は思いました。
大福も、ある意味で日本の国旗ではなかろうか。
純子さんは日本が嫌いで飛び出したのに、日本を誤解されたら困ると本気になった。彼女にとっては大福が国旗だったんですね。
日本という国について、口角泡吹いて喧々囂々(けんけんごうごう)と意見が飛び交う昨今ではありますが、そんなことよりも豆腐の中に、あるいは大福の中に「日本」を込めるところに、日本人の素晴らしさがあるんじゃないだろうか。
私は、この本を読みながら「ジャパン(ジャパニーズ)ファースト」について、つくづく考えさせられました。
元朝日新聞の記者が定年後、バルセロナで豆腐店を開業した。ゼロからの修行の日々、異国の地での苦労、新たな出会いと交流、ヨーロッパから見た日本とは――。人生後半の新たな挑戦を目指す人々に贈るエッセイ。

武田鉄矢(たけだ・てつや)
1949年生まれ、福岡県出身。72年、フォークグループ『海援隊』でデビュー。翌年『母に捧げるバラード』が大ヒット。日本レコード大賞企画賞受賞。ドラマ『3年B組金八先生』(TBS系)など出演作多数。