■邪馬台国、第3の候補地

 私個人としては九州説のほうが自然ではないかと考えています。中国大陸との距離を考えれば、最も近い場所に国家を形成するのが合理的ですからね。

 ただ、どちらも決め手に欠け、矛盾点を抱えているのが現状。奈良県には、『箸墓古墳』という卑弥呼の墓と目される巨大な古墳がありますが、九州では見つかっていません。一方の畿内説にも矛盾点があって、喧々諤々の論争が今も続いています。

 そこで注目を集めるのが、四国説です。根拠の一つは、淡路島にある『二ツ石戎ノ前遺跡』で見つかった、辰砂を原料とする“朱”の工房跡にあります。

 魏志倭人伝には、「日本の山に丹(朱)あり」、「朱丹を体に塗る」といった記述が見られます。当時の日本人は朱という赤い塗料を魔よけのために体に塗っていたそうで、つまりは、その朱を製造していた工房跡を見つけたというのが重大な発見なんですね。

 淡路島と四国地方は国生み神話の舞台として古代から重要視され、かつては海洋系民族の“海人”もいたと、前回にお話ししましたが、彼らは優れた航海術を武器に国内外と交易し、青銅器や鉄器などの当時の最先端技術も有していました。

 そんな彼らが暮らしていた四国もまた、邪馬台国の候補地として十分な条件を備えていると考えられます。