■林家三平の爆笑高座 立川談志は天才…?
大病なさった後で、噂によると、命懸けで高座に上がったそうなんですが、命懸けのわりには、くだらないんだ。それがまた、おかしい。
当時、若手の元気のいい落語家たちが次々と寝返って落語家協会にクーデターを起こそうとしていたときのことをネタにして三平が言うんだ。
「もう、クーデターで大変なんですから。こっちは朝飯を食って出ただけなんで“食う出たあ”」
しょーもないのよ。でも、お客はバカ笑いしてる。
「私はね、頭の悪い落語家の代表なんでクーデターに誘ってもらえなかったんですよ」
三平はそう言って、クーデターを仕掛けた張本人の立川談志のことを絶賛する。
「立川談志っていうのはものすごく頭が切れる男でして。落語家の中では天才なんですよ」
そう言って褒め上げる。それを聞いたお客さんは「三平は談志のことを買っているのか」と、客席がシーンとなったところで、ひと言。
「みんな迷惑してる“天災”です」
そこでまた、ドカンとウケる。
ところが、その後、病み上がりの三平は言葉に詰まってネタが出てこない。客席も三平を心配して息を飲むように静かになり、重い空気に包まれたとき、客席のおばさんと目が合った三平は、そのおばさんを指差して言った。
「今、必死に思い出してるんですから。そこで水飲んでる場合じゃないですよ」
その八つ当たりもおかしくて、ネタを忘れたこともギャグに結びつける。これは若手じゃ出せない味。つまり落語家っていうのは、年を取るということが芸を進化させる最後の手段なんですよね。
老いることで話術に淀みが出て、それが穏やかな話の流れ、落語家としての付加価値が出る。
林家木久蔵さん(現・木久扇)が自分の師匠のことをネタにして語ってたのも、おかしいんだよね。
あるとき、彼の大師匠(林家彦六)がテレビでバスケットボールをボーッと見ていた。弟子の木久蔵さんは、その姿を見て「ずいぶん興味深く見てるなぁ」と思ってたら、大師匠が突然、テレビに向かってツッコんだ。
「何遍も、おんなじことばっかり、やりやがって。誰か教えてやんな。網に、穴が空いてるって」
亡くなった師匠をボケネタにして話すのが面白いんだ。つまり老いるということは、笑いのネタを仕込む人生最後のチャンスなんじゃないだろうか。
そう考えると「老いること自体が付加価値なんじゃないか」とさえ、思えてくるようになりました。
商品もサービスも人も…価値がなかなか伝わらないのは、「付加価値をうまく作れていないから。
仕事はもちろん、人生にも役に立つ一冊。」(著)柿内尚文、ポプラ社刊。

武田鉄矢(たけだ・てつや)
1949年生まれ、福岡県出身。72年、フォークグループ『海援隊』でデビュー。翌年『母に捧げるバラード』が大ヒット。日本レコード大賞企画賞受賞。ドラマ『3年B組金八先生』(TBS系)など出演作多数。