■日本の漫画が真似したアメリカのドラマたち
さて、今や世界中を席巻しているマンガですが、いったい、いつ生まれたのか?
私は、そのことをはっきり自覚できます。戦後日本の団塊の世代と呼ばれた少年少女からマンガは生まれました。私たち世代がマンガを生みました。
戦後の敗戦国日本に生まれた少年少女たちの憧れは、当然のごとく豊かなアメリカでした。そのアメリカのハリウッドモデル、つまり物語をたくさん増産できるアメリカ社会が羨ましくてしかたなかった。
我々が子供のときに、アメリカのテレビドラマが日本に流れ込んできました。それはもう、すごかった。ホームドラマあり、戦争ドラマあり、西部劇あり、SF、医療、犯罪、怪奇ミステリー……すべてのジャンルがアメリカから輸入されるドラマの中にあり、日本のマンガはこのアメリカのドラマを真似してきたと。私は絶対に、そう思うな。日本のマンガで描かれるジャンルは、ことごとくアメリカのテレビドラマのパターンですよね。
戦争であれ、時代劇であれ、SFであれ、医療であれ。例えば、ブラックジャック以前に我々の子供のときには『ベン・ケーシー』という英雄がいた。シリアスな医療ドラマで好きだったなぁ。犯罪モノなら『アンタッチャブル』。『トワイライト・ゾーン』をはじめとする怪奇ミステリードラマもあった。こういったドラマを日本のマンガ家たちが模倣してマンガにし始めた。
その先頭にいた人が手塚治虫です。手塚治虫というマンガ家は、アメリカのドラマをベースにしてジャパニーズマンガを描いた。そして、さまざまなヒーローやヒロインを生み出す。『鉄腕アトム』、『リボンの騎士』、『新宝島(新寶島)』といった西洋風の物語を描いていく。
面白いもので、真似しているうちに珍妙なことが起きる。当初はアメリカのテレビドラマを真似していたマンガは、いつの間にか日本独自のドラマ(マンガ)を生むようになった。
それ、何だと思いますか? アメリカのドラマにもコミックにもない日本独自のジャンル。
それが“野球モノ”。
例えばアメリカにはスーパーマンとかバットマンとかコミックのヒーローはいるけど、野球選手のヒーローがいない。日本は野球をマンガに取り込んでヒーローを生み出した。私たちの子供の頃にあったのが『スポーツマン金太郎』(作・寺田ヒロオ)。マサカリ担いだ金太郎がジャイアンツに入って、指名打者で呼ばれると熊に乗って現れる(笑)。大好きだったのよ、このマンガ。
アメリカンコミックスにはベースボールのヒーローはいないし、バスケットボールのヒーローもいない。日本のマンガにはスポーツヒーローが、たくさんいる。こういう日本独自のヒーローが生まれたところから、ジャパニーズマンガは圧倒的なパワーを持つようになった。
かつて浮世絵がゴッホやモネといった海外の芸術家たちに衝撃を与えたように、マンガは“新ジャポニズムの旗手”として、世界各国へと広がっていった。
NHKスペシャル「新ジャポニズム」が待望の書籍化。なぜ今、世界で日本発のカルチャーが熱狂的に受け入れられているのかを描き出す。(著)NHKスペシャル「新ジャポニズム」制作班、NHK出版刊。

武田鉄矢(たけだ・てつや)
1949年生まれ、福岡県出身。72年、フォークグループ『海援隊』でデビュー。翌年『母に捧げるバラード』が大ヒット。日本レコード大賞企画賞受賞。ドラマ『3年B組金八先生』(TBS系)など出演作多数。