■アトムで描かれた世界が自分たちの未来に見えた

 戦争によって300万人の死者を出した敗戦国・日本。貧しさも、どん底でした。子供ばっかり多くて、貧乏な家ばっかりで。でもね、その敗戦国の惨めさや、腹が減って食べるものがない空腹感も、救うに足るだけのエネルギーやパワーがマンガにはあったんですよね。

 アトムが描いた未来図。あのモノレールがクルクル走っている空をアトムが飛んでるっていう未来が、もしかしたら自分たちを待ってるかもしれない。アトムの世界が自分たちの未来に見えてきたんですよ。

 しかし、私たち少年少女にとっては惨めな現実を忘れさせてくれるマンガは、当時の学校をはじめとする公的機関では、“悪書”でした。

 つまり、悪い本。“悪書追放運動”なる運動まで起きて「マンガは捨てましょう」っていうんで、駅前に妙ちくりんな色した悪書追放ポストが置かれて「エロ本とマンガを捨ててください」なんていう社会的な運動も盛んだった。当時、マンガというものを誰もが見下していました。当のマンガに携わっている人たちでさえ、「低俗なもので文化たりえない」という風潮がありました。

 今回の参考文献『世界はなぜ日本カルチャーに熱狂するのか』には、こう書かれています。

 

  マンガは決して輝かしい大舞台にいたわけではなく、出版社の中では冷遇され、常に「低俗なモノ」と見なされてきた歴史がある。当時の出版社に入社する人間は例外なくインテリ志向の文学青年で、会社の命で嫌々マンガ編集者になった人間がほとんどだった(NHKスペシャル「新ジャポニズム」制作班.『NHKスペシャル「新ジャポニズム」世界はなぜ日本カルチャーに熱狂するのか』. NHK出版, 2025)

 

 出版界では活字を扱う人間が偉かった。多くのヒット作を輩出したマンガ原作者の梶原一騎の口癖は、「マンガごときの世界じゃ俺は終わらん」だったといいます。つまり、誰もマンガに期待していなかった。ところが、ここで面白い逆転現象が起きる。

 マンガの愛読者層だった団塊の世代、800万人もいる巨大な人口の塊の我々世代が成長するにつれて、マンガも成長していった。つまり、子供向けから大人向けへと変貌を遂げた。このあたりから急激にマンガは深みを増し、シリアスな内容になっていく。

 マンガの世界で、巨人軍のヒーローは、かつては『スポーツマン金太郎』だったのが、団塊の世代の成長とともに『ちかいの魔球』になり、ついには『巨人の星』になる。バットを持った金太郎が登場して喜んでいたのが、星飛雄馬の大リーグボールに熱狂するようになった。それが団塊の世代が成人に達する1960年代後半のこと。

 50年代、我々が子供の頃はマンガは悪書で、カルチャーにはなりえないという時代でした。ところが、そんな社会的圧力や偏見にも負けない、ものすごいパワーをマンガは持っていた。そして我々団塊の世代の成長とともに、マンガは成人向けの読み物として、より深みを増していくことになります。

世界はなぜ日本カルチャーに熱狂するのか
世界はなぜ日本カルチャーに熱狂するのか

NHKスペシャル「新ジャポニズム」が待望の書籍化。なぜ今、世界で日本発のカルチャーが熱狂的に受け入れられているのかを描き出す。(著)NHKスペシャル「新ジャポニズム」制作班、NHK出版刊。

武田鉄矢(たけだ・てつや)
1949年生まれ、福岡県出身。72年、フォークグループ『海援隊』でデビュー。翌年『母に捧げるバラード』が大ヒット。日本レコード大賞企画賞受賞。ドラマ『3年B組金八先生』(TBS系)など出演作多数。