横綱、親方として、相撲を通じて日本文化や神事に長らく関わってきた貴乃花。自身が体験したことや、本を読んで学んだこと、そして、心に残った“ニッポンの魅力”を、歴史の話も交えながら伝えていく。

 この連載でしばしば取り上げてきた埴輪(はにわ)の世界ですが、その中でも今回は、“ユダヤ人埴輪”を紐解きます。埴輪にはなぜか、ユダヤ人そっくりのものがある──。そんな歴史の不思議に焦点を当ててみましょう。

 そもそも埴輪は、相撲の開祖である野見宿祢(のみのすくね)が発案したという説があります。

 古代の日本には、天皇が亡くなると、あの世へのお供として付き人を生き埋めにするという風習があったのですが、宿祢は、「生人を埋めるのは良くないことです」と天皇へ進言しました。

 そして、人や動物を象った土の像を作って、代わりに埋めた。それが後の埴輪になったと、日本書紀には記されています。

 この説話の舞台になったのが、現在の奈良県周辺。ともすれば、有名な埴輪が、奈良県からたくさん出土しているんだろうなと思ったのですが、意外にも、国宝・重要文化財に指定された埴輪の出土件数では、群馬県が全国トップだそうです。指定件数は22件に上り、全体の約40%を占めます。