■なぜ群馬県に埴輪が集中しているのか
中でも、太田市から出土した国宝「挂甲武人(けいこうぶじん)埴輪」は有名で、一度は目にしたことがある人も多いはず。立派な鎧をまとった武人の姿を精巧に再現していて、これぞ埴輪だと思わせる、存在感を放っています。
もちろん、奈良県からも埴輪は出土していますが、なぜ、群馬県に、これほど集中しているのでしょうか。
調べると、埴輪は、4世紀中頃に西日本で盛んに作られていましたが、6世紀には衰退。同時期、今度は東日本で埴輪の文化が花開き、各地の豪族に雇われた職人によって、多彩な埴輪が生み出されたそうです。
特に、群馬県には経済力のある豪族がいたそうで、その力を示すように、馬をかたどった埴輪がたくさん作られました。当時、馬は、財力にも軍事力にもなる、権威の象徴。群馬県内からは、“馬形埴輪”が350例以上も出土しています。
話が少しそれましたが、そこで、冒頭で触れたユダヤ人埴輪です。発見された場所は、千葉県山武郡芝山町にある『芝山古墳群』。この古墳は6世紀後半に構造されたと考えられています。前述の、東日本で埴輪の文化が花開いた時期とピタリと一致しますね。