武田鉄矢が、心を動かされた一冊を取り上げ、“武田流解釈”をふんだんに交えながら書籍から得た知見や感動を語り下ろす。まるで魚を三枚におろすように、本質を丁寧にさばいていく。
今週から話の友とさせていただくのは、言語学者の堀田秀吾さんが書かれた『考えてはいけないことリスト』(堀田秀吾著・フォレスト出版)という本。
考えてはいけないこと──なぜ今回、私がこの本に目がいったのかというお話をさせていただきます。
この本を今回取り上げようと思ったきっかけは、評論家であり、編集者でもある宇野常寛さんという方が書かれた『庭の話』(講談社)という本。
この本のツカミが抜群にうまくてさ。最初になんて書いてあったかというと、こんな話が出てきました。
「何で“家庭”には“庭”がついてるんでしょうね?」
確かに「家庭」という言葉には、「家」に「庭」がつきますよね。ただの「家」と「家庭」は、どうも響きが違いますよね。なぜ「家」だけじゃなくて「庭」がついて「家庭」なのか。
武田流解釈では、「家」というのは「間取り」のことだと思います。2LDKだとか3LDKだとか、リビングやキッチンやベッドルームなんていう部屋割りのことが頭に浮かんでくるのが「家」なんだ。
一方「家庭」っていうと、「家」よりも言葉としては、もうちょっと深い気がする。「あの人の家庭は、どうなってるの?」という場合は、建物のことじゃなくて、「その人の家族関係がうまくいってるのか」なんていう心理面や人間関係が入ってくる。
例えば「家庭環境」といった場合には、単に家を取り巻く環境がどうなのかではなく、血縁関係とか人間関係を含めての意味になる。つまり家という空間のことではなくて、その空間につながる人間の血みたいなものを表すときに「家庭」っていうんですね。
「なんで“庭”一文字で、こんなに深い意味になるのかな?」