■もともと「お祈りをする場所」
私は、それが不思議でした。
この疑問を解き明かす鍵が、白川静さんという古代漢字研究の第一人者、早い話が漢字の専門家の先生の話の中にあります。
皆さん、ご存じでしたか、庭というのは、もともと「お祈りをする場所」だったそうですよ。
かつての暮らしは、家の敷地内に空間があって、そこで祈り事をしていた。そういえば、田舎のでっかい農家の家とかに行くと、敷地の中に神様を祀った祠を建ててあったりしましたよね。
つまり、庭というのは「神様と接触する場」であり、「神様とつながる場所」だった。ただ単に、建物の建ってない空間というわけじゃないんですね。
日本の庭に関する信仰には、こんな話もあります。
皆さんも名前は、ご存じでしょうが、日本最古の歴史書といわれる『古事記』の中には、こんな言葉が登場します。
審神者(さにわ)
これは古代の神道の祭祀において神託を受け、神意を解釈して伝える人のことで、今風にいえば“占い師”みたいな人のこと。『古事記』などの古い書物では、天皇のおそばにいて、何か事が起きると審神者が神にお伺いを立てて、神の言葉を天皇に伝える様子が描かれています。
この審神者が神と交流する場が庭だった。そもそも審神者というのは「清庭(さにわ)」から転じた呼称で、もともとは神を祀り、神託を受けるために斎み清められた場所(庭)のことを指す言葉なんだそうです。
この「清庭」ですが、“清い庭”と書くぐらいですから、ゴミなんぞ落ちてたら大変。神様と交流する神聖な場所なんで、いつも、きれいに掃除しとかないといけない。
だから神社に行くと、神社の方が箒持って庭掃除してますよね。あれは、ただ掃除してるわけじゃない。神様と交流する場である庭を掃き清めるという、大変意味のある神聖な行為なんですね。
つまり、庭というのは神とつながる場所なんで、家の敷地内でも、とても大事な信仰の場所だった。こうした歴史的な事象も踏まえて、『庭の話』という本で宇野さんがおっしゃっていることは、「だから人間は心の中に庭を持ってないといけませんよ」ということ。
どんなに小さくてもいい。ベランダに鉢植えを置くだけの空間でもいい。
「そういう“庭”を精神的に持っていないと人間って崩れていきますよ」──と。