■目標は“東洋一の工場建設” 日本の近代化を誓った

 このとき、小栗は、ワシントン海軍工廠にあった1本のネジを持ち帰ったと言われています。当時の最先端工業に触れた彼は、その技術力の結晶であるネジをお守り代わりにし、日本の近代化を誓ったんです。

 余談ですが、この際、米国側も、日本の侍が、天びんとそろばんを使って、一瞬で為替計算をしてしまう様子に驚いたという逸話が残っています。さすがは、読み書きそろばんの国!

 さて、小栗がすごいのは、帰国後すぐ、日本の近代化に取りかかったことです。特筆すべきは、元治元年(1864年)の『横須賀製鉄所(造船所)』の建設計画。東洋一の工場にするという大目標に、異を唱える役人が多い中で、彼は、「これが幕府の栄誉になる」と、断固、推し進めました。

 小栗の予見通り、建設途中で幕府は倒れ、製鉄所は、明治新政府のものになるんですが、そこで作られた軍艦や機械類が日本の近代化に大きく貢献しました。

 ちなみに小栗は、少年時代から、目上の人にも物怖じせず意見を言う性格だったとか。壮年になっても変わらず、老中ら幕府の上層部に物申し、却下されれば自ら閑職に退くんですが、その有能さゆえに呼び戻されて、気づけば、外国奉行(外交担当)をはじめ、数十の要職を歴任したといわれています。