横綱、親方として、相撲を通じて日本文化や神事に長らく関わってきた貴乃花。自身が体験したことや、本を読んで学んだこと、そして、心に残った“ニッポンの魅力”を、歴史の話も交えながら伝えていく。

 前回は、坂本龍馬をはじめ、幕末の偉人を紹介しましたが、さらに忘れてはいけない人がいます。幕臣・小栗上野介忠順(おぐり・こうずけのすけ・ただまさ)です。《【前回の記事】はこちらから》

 倒幕によって敗者側となった小栗ですが、『竜馬がゆく』で知られる作家・司馬遼太郎さんは、彼を、勝海舟と並ぶ「明治の父」と評したほど。実は、近代日本の土台づくりに大きな役割を果たした人物なんです。

 来年のNHK大河ドラマ『逆賊の幕臣』でも、彼の生涯が描かれますし、歴史好きの人なら「いよいよ来たか!」と、思われたかもしれません。そこで今回は、私なりに小栗を紐解いてみたいと思います。

 小栗は、文政10年(1827)、神田駿河台(東京都)の旗本の家に生まれ、17歳で、江戸幕府の要職に就きました。そして、安政7年(1860)、彼が34歳のとき、日本初の遣米使節団の監査役として、米国海軍の船『ポーハタン号』に乗って、渡米します。

 遣米使節団といえば、勝海舟率いる『咸臨丸』が有名ですが、時を同じくして、小栗も米国に渡っていたんですね。