■突然、歴史の表舞台に現れた神様
そこでいろいろと調べてみると、八幡神社の歴史に、非常にミステリアスな点があることを知りました。
文化庁の宗教年鑑などによれば、日本全国には8万社を超える神社があるそうです。中でも多いのが八幡信仰に関わる神社で、その数は、伊勢信仰や稲荷信仰を大きく上回ります。
では、八幡信仰とはいったい何なのか。
実は、日本神話の根幹である『古事記』や『日本書紀』には、「八幡」という神様がまったく登場しません。突然、歴史の表舞台に現れた神様なんです。
伝承では、第29代欽明天皇の時代(571年)、大神比義(おおがの・ひぎ)という人物が、宇佐の地で、「我は、誉田天皇にして、広幡八幡麻呂なり」と名乗る童子と出会ったのが八幡神の始まりとされています。誉田天皇は、第15代応神天皇のことです。
その童子が、「日本各地で神として現れたが、正体を明かしたのはこの地が初めてだ」と語ったことから、八幡信仰は、各地にもともとあった土着の神々への信仰と、応神天皇への信仰が習合して生まれたものだと考えられています。
また、天応元年(781年)には、「護国霊験威力神通大菩薩」の称号が八幡神に与えられ、神仏習合の象徴的存在になりました。
そして、平安時代(1180年)、源頼朝が鎌倉に鶴岡八幡宮を創建したことで、八幡信仰が武士の間で爆発的に広まった。
時代の経過とともに、土地神・天皇崇拝・仏教・戦の守り神として親しまれたので、今もたくさんの神社が残っているんですね。