武田鉄矢が、心を動かされた一冊を取り上げ、“武田流解釈”をふんだんに交えながら書籍から得た知見や感動を語り下ろす。まるで魚を三枚におろすように、本質を丁寧にさばいていく。
最近思うんですけどね、年を取って自分が変わったことに気付くんです。
若いうちはそうでもなかったけど、年を取ると、人の言葉遣いがひどく気になりましてね。
例えばテレビの政治討論会で、他の政党、はっきりいえば自民党に対して、野党の議員の方で「クソ」とか「盗人」なんて言った人がいましたよね。高市総理に対しても「ド厚かましい女」とか、思わず耳をふさぎたくなるような汚い言葉で罵倒なさる議員がおられた。
もちろん討論会ですから批判をするのは構いませんが、相手を罵倒する言葉の汚さといったらすごいですよね。これはもう完全に“敵”に対する言葉遣い。そういう差別的な言葉を聞くと、きったねえ言葉だなぁ、と思ってしまいます。
敵を作る言葉遣いをしてしまう人というのは、結果的にどんどん敵を増やしてしまう。これは思い当たる人がいくらでも現代にはいますよね。SNSでも自分の言葉が仇となって大炎上騒動が起きたりします。
テレビのニュース番組でも、女性総理に対して「きつね」とか「たぬき」とか動物に例えて揶揄するコメンテーターがおられたけど、よほど現総理を嫌っておられるんでしょうね。これはもう、批判の言葉ではなくて“呪いの言葉”ですよ。
この呪いの言葉の何が一番悪いかというと、「きつね」と「たぬき」を侮辱の言葉に使ったということ。
私の場合、特に許せないんだな。だって、今日の私があるのは「きつね」と「たぬき」のお陰だもの。私はきつねとたぬきの悪口は一生言いません! これだけははっきりと宣言いたします(笑)。