横綱、親方として、相撲を通じて日本文化や神事に長らく関わってきた貴乃花。自身が体験したことや、本を読んで学んだこと、そして、心に残った“ニッポンの魅力”を、歴史の話も交えながら伝えていく。
以前、この連載で、東京大学名誉教授の養老孟司さんと対談をしましたが、その際に少し触れたのが鹿児島県の奄美大島です。《【養老孟司×貴乃花“知的格闘対談”】はこちらから》
実は、奄美大島は、「日本一、土俵の多い島」と呼ばれています。島内には、なんと140もの土俵があり、人口比で見ても日本屈指です。男子は、一生に一度はまわしをつけると言われるほど、相撲が暮らしの中に根づいています。
古代の日本において、相撲は単なる力比べではなく、五穀豊穣を祈る大切な神事でもありました。その名残は、今も各地の豊年祭に見ることができ、奄美大島の場合は、奉納相撲のほか、歌に合わせて力士が舞う“相撲甚句踊り”などが行われているそうです。
また、祭りの始まりには、力士が、「スモー、スモー」と声を上げながら集落を回る風習もあるんだとか。
同地出身の力士もたくさんいますが、特に有名なのが、奄美群島の徳之島で生まれ育った第46代横綱の朝潮太郎さんです。
私の印象では、奄美の力士は足腰が粘り強い。土俵際でも簡単に崩れない強さといいますか、島で育まれた身体感覚や、故郷を背負う気概が、相撲にも表れているように思えます。