■“辞世の句”は短歌

 そして、短歌。“五・七・五・七・七”で俳句より14文字多い31文字。俳句をショートメールに例えるならば、短歌は俳句よりも動きがある“ショート動画”のようなもの。このショート動画がすごくて、たった31文字ながら人生最期の言葉になることがある。

 皆さんご存じの“辞世の句”。

 死ぬ際に短歌を一首残して死んでいく。この世で命を終えるための、いわば“終活の文学”。それが辞世の句という短歌。31文字で的確に死んだ人の生き様や思いを伝えている一種の遺言状のようなものなんですね。

 では、ここで有名な辞世の句をご紹介しましょう。

 ちょっと堅いところからいきますが、私の大好きな幕末から一首。松下村塾で明治維新で活躍する志士たちに多くの影響を与え、高杉晋作や伊藤博文の先生だった吉田松陰という人が残した辞世の句。

 この人は死罪判決を申し渡されて30歳という若さで江戸市中にて斬首されますが、死ぬ前に短歌を二首残した。その一首がなかなか強烈で、松陰亡き後に勤皇活動に身を投じる若者たちを鼓舞する歌になった。

 

身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂

 

「大和魂」という言葉を“侍魂”という意味で使ったとされる吉田松陰。

 大和魂という言葉は平安時代からあり、もともとは、学問で得た知識を現実の場面で生かす、日本人ならではの知恵や判断力のことを意味していました。

 それを吉田松陰という人は「我が身が朽ちるとも、日本を思う我が魂(大和魂)はこの世に残したい」という意味で用いた。これほどまでに猛々しくて雄々しい辞世の句を松陰は残しているんです。

 このインパクトのある「大和魂」というフレーズは、松陰が死んだ後も近く使われました。昭和のあの太平洋戦争のとき、特攻隊員が残した辞世の句にも、松陰と同じく、「大和魂」を使っている。もしかすると、松陰は、31文字の言葉で、後世の人々に影響を与えたのかもしれない。