■空白期間に隠された謎とは
ただ、学校の歴史の授業では、邪馬台国の後、気づけば、古墳時代やヤマト王権へと話が移ってしまいます。「なぜ?」と疑問に感じた人も多いはず。
私は、この空白期間にこそ、我々日本人が本当に知るべき謎が隠されていると、常々思っていました。一体、何が起きていたのか。改めて、紐解きたいと思います。
まず出発点となるのが、前述の卑弥呼です。中国の歴史書『三国志』の一部である“魏志倭人伝”によれば、当時の日本列島には、中国と通交する30ほどの国があったそうです。中でも、邪馬台国は、卑弥呼を中心とする政治連合として、重要な位置を占めていたと考えられています。
その卑弥呼が亡くなった後、邪馬台国は男性の王を立てるんですが、国内が大きく乱れてしまいます。内乱により1000人以上が命を落としたとされ、その混乱を収めるために擁立されたのが、卑弥呼の一族とされる、当時13歳ほどの少女・台与(とよ)でした。
台与が女王になり、倭は、再び安定を取り戻したとされています。そして、前述の通り、266年に中国へ使者を送ったという記録だけが残ったんです。
なぜ、13歳の少女が女王に選ばれたのか。なぜ、中国へ使者を送ったのか。さまざまな謎がありますが、いずれにせよ、この後、日本は空白の150年へと突入するわけです。