■シートで囲われた事件現場
──世田谷区の西部は、東京都内でも有数の高級住宅地である。そんな一等地にある広大な緑地が都立祖師谷公園だ。敷地の中央に仙川が南北に流れるこの緑地は、かつて東京教育大学(現・筑波大学)の農場だったという。その公園の真ん中の一角に、住宅用として区画された空き地がある。そこが、世田谷一家殺害事件の現場だ。
惨劇の起きた住宅が、今でも、その中にひっそりと佇んでいる。この空き地、当時は住宅が並んでいたが、公園の拡張計画の話があり、家屋の立ち退きが進んでいる場所だった。実は、事件の被害に遭った宮澤さん一家も立ち退きが決まっており、転居先を探している最中だったのだという。
事件発生時に、家屋の南側にあった家も現在はなく、建っているのはこの家屋だけだ。西側には仙川が流れ、北側には子ども用の遊具が設置された公園、東側にはスケートボードの練習用のバンクなどが設置された広場があり、絶えず人の動きのある場所だが、この一角だけ、時間が止まっていた。
家屋は左右と後ろの三方が青いシートで囲われており、正面には警察の詰め所として、小さな小屋が設置されている。そこで警察官が1名、警備に当たっていた。捜査関係者の話によれば、24時間態勢で番をしているのだそうだ。事件が特異なものだったことから、現場保存を徹底しているのだろう。
実は我々取材班が現場を訪れたのは2017年が2回目だ。1回目は、月刊誌『増刊大衆』で当事件の特集を組んだ2012年のことだった。そのときには、青いシートはなかった。だが、建物の老朽化によって外壁が剥がれ落ちるようになったため、2014年~2015年頃に、危険防止用のシートで覆うようにしたのだそうだ。捜査関係者からその話を聞き、事件から相当な時間が経ったことを痛感する。
正面の私道の入り口にはカラーコーンが立てられ、現場の敷地付近まで立ち入りできないようになっている。カラーコーンだけは2012年当時から置かれていたが、2度目の取材時では、そこに「KEEP OUT」と書かれた黄色い規制線が張り巡らされていた。
家屋の裏の公園側に回ると、妻が営んでいた学習塾「公文式」の看板がシート越しに透けて見える。また、屋根にある明かり取りの天窓からは、屋根裏部屋に吊るされたジャケットが確認できた。これらの様子は何も変わっていない。むしろ、事件当時から何も変わっていないのだろう。そんなところを細かく見ると、事件の生々しさが伝わってくるのだが、このシートで覆われたことによって、以前訪れたときに感じた異様な雰囲気は若干、薄れたような気がした。