■不可解極まりない犯人の痕跡
事件発生当時、元警視庁刑事の北芝健氏は犯罪学者として教鞭を執っていたこともあって、多数のメディアからコメントを求められていた。そのため、自身も捜査関係者に話を聞くなど、詳しく取材したのだという。
「実際にプロファイリングをしましたから、この事件のことは鮮明に覚えています。実に凄惨で、かなり特殊な事件でしたが、多くの物証が残っている事件だったために、ある程度の犯人像は絞り込むことができました。
私の調べたところによると、警察のほうもかなり真相に迫っていたんです。犯人もほぼ特
定していました。しかし、そこには、どうしても逮捕にたどり着けない理由があったんです」
ほぼ真相にたどり着いていたとは……。
なぜ犯人を逮捕できずにいるのか。そのことに触れる前に、まずは事件の詳細を振り返りながら、残された謎を整理していきたい。
この事件には、不可解な点がいくつもある。
第一に犯行状況だ。第一発見者は棟のつながれた隣の家に住んでいた、みきおさんの妻の母親だった。彼女の話によると、現場は全体が血の海だったという。そして、その遺体の状況も、残酷としか言いようのないものだった。
最初に1階の階段付近で発見されたみきおさんの遺体は、首や手足など十数か所をメッタ刺しにされていた。報道によれば、直接の死因は、「胸部刺創による心・大動脈損傷に基づく失血死」。つまり、胸を刺されたのが致命傷となったわけだが、ほかにも全身に多数の切り傷があった。左耳上部には、凶器の柳刃包丁の刃が頭蓋骨に突き刺さったままになっており、さらに、眼球が抉り取られていたのだという。また、みきおさんの血痕が階段の下部を中心に飛び散っていたことからは、格闘の末に階段から突き落とされた様子が窺える。
次に、中2階の子ども部屋に入る手前の、階段の踊り場付近で、妻と長女の遺体が発見された。妻の死因は、「心タンポナーデ及び出血性ショック」。これは、下腹部から深々と突き刺された刃物が心臓に達し、動脈を損傷したことによる大量の血液が心臓を覆う心膜の腔内に溜まったことで心停止したものだという。実に恐ろしい状況で死に至ったのだ。また、全身に約70か所も刺し傷があり、特に顔や首は、原形をとどめないほどに切り刻まれていた。ちなみに、無数についた腕の切り傷のほとんどが防御創、つまり犯人の攻撃に抵抗したときについた傷だというから、みきおさんと同様に格闘したことが分かる。
長女の遺体も、その母親とまったく同じような状況だった。死因は「後頭部刺創による頸髄損傷」。首の後ろから刺された致死傷は、食道を貫通していたという。さらには顔面を激しく殴打され、歯が数本砕かれていたのだそうだ。
また、この2人には頭部に激しく打ちつけられた跡(母親は打撲痕、長女には硬膜下出血や外傷性くも膜下出血)があった。
これが何を物語っているのか ──。実は、2人の寝室は、この中2階の踊り場からはしごで上がったロフト(屋根裏部屋)にあったのだが、そこから真っ逆さまに中2階へ突き落とされたのではないかといわれている。さらに、この2人につけられた無数の傷の約半数以上が絶命後に切り刻まれたものだというから、犯人の行動は常軌を逸しているとしか言いようがない。
そして最後に発見された長男は、中2階の子ども部屋のベッドでうつぶせに倒れて死亡していた。死因は、「頸部圧迫による窒息死」。頚椎が潰れるほどの強い力で扼殺されたのだという。だが、長男には刃物による傷や打撲などの外傷はなかった。
まさに“鬼の所業”だ。犯人はなぜ、ここまで残酷な殺害の方法を選んだのか。そして、長男だけ殺害方法が違うのは、なぜなのか。そこが、この事件の最大の謎だと言えよう。