■解決を阻んだ外交問題

 しかし、仮にプロの殺し屋による犯行だとしたら、これだけ多くの遺留品を残している点が、どうにも不可解だ。プロだったら、自分が犯人だと分かる痕跡は、決して残さないはず。

「捜査を攪乱するための陽動作戦ですね。遺留品を置いていくことを計画したのは、おそらく殺人を依頼した人間、つまり主犯者でしょう。残されていたトレーナーやジャンパーは当時、スケートボードをする若者の間で流行っていた服装なんです」

 実は当時、みきおさんは、自宅のすぐ隣にある広場で遅い時間まで騒いでいたスケボー少年たちと口論になったことがあったのだそうだ。

「あらかじめ宮澤家の身辺調査をした過程で、このトラブルを知った主犯の人間が、逆恨みした少年による犯行と見せかけるために、わざと現場に残していったのではないか。まあ、冷静に考えてみれば、スケボー少年が人を殺す際にお気に入りの服を着てくるはずもないし、こんな所業をなし得るはずもないんですけどね。でも警察は、まんまと振り回されてしまったわけです」

 だが、衣服などを残すことが作戦だったしても、指紋などの痕跡を残すことの疑問は払拭できない。

「警察にある指紋のデータベースにヒットしなかったということは、つまり前科前歴のない人物ということ。身元が特定されないことを分かっていたから、あえて、そのままにしたんです。それらを照合するのにも、相当な時間がかかりますから。残したことによって、逆に時間稼ぎができるというわけです」

 確かに、残された証拠が多かったために時間はかかってしまった。だが、日本警察の科学捜査能力は伊達ではない。これらの証拠から、具体的な犯人像の絞り込みに成功していたのだという。

「現場に残された血痕からDNAによるプロファイリングが行われたんですが、それによって、母系に南欧系、父系に日本には少ない東アジア系の遺伝子が含まれていることが判明しました。さらに足跡のスニーカーが韓国製で、しかも、そのサイズは韓国国内でしか販売されていないことや、ヒップバッグにあった微量の砂粒が韓国のある地域のものであることも分かった。そこで実行犯が韓国系の人物である可能性が高いと見た日本の警察は、密かに韓国へ捜査員を派遣、韓国の警察に指紋の照合を依頼していたんです」

 韓国には徴兵制度があり、その検査時には指紋も採取される。つまり、韓国の成人男性の指紋はほとんど登録されているのだ。

「しかし、韓国政府は日本の要請を拒否。一切、情報を出さなかった。日韓関係の軋轢が、事件解決の“壁”となってしまった可能性もあるんです」

 外交問題が障壁になるとは……。主犯者はそれを承知のうえで、あえて韓国からプロを呼んだのか? その主犯とは何者なのだろうか ──。

【最初から読む】1回目『時が止まったかのよう…「世田谷一家殺害事件」ブルーシートで覆われた現場で元刑事が語る「不可解な犯行の裏側」』では、今も保存されている事件現場の様子と、事件にまつわる謎について綴っている。

北芝健(きたしば・けん)
東京都生まれ。作家、漫画原作者、元警視庁刑事。早稲田大学卒業後、商社勤務を経て警視庁に入庁し、地域警察、刑事警察、公安外事警察の捜査に従事。沖縄剛柔流空手六段。日本拳法三段。警視庁柔道二段。全国警察逮捕術大会の優勝チームのコーチを務める。(社)日本安全保障・危機管理学会顧問、研究講座講師。日本経済大学大学院講師。主な著書に『まるごし刑事』(原作、実業之日本社)、『警察裏物語』(バジリコ)、『日本警察 裏のウラと深い闇』(大和書房)、『悪の経済学』(KKロングセラーズ)、『心理戦で勝つ技術』(KADOKAWA)、『警察・ヤクザ・公安・スパイ 日本で一番危ない話』『警視庁 強行犯捜査官』(さくら舎)『刑事捜査バイブル』(双葉社)など多数。