武田鉄矢が、心を動かされた一冊を取り上げ、“武田流解釈”をふんだんに交えながら書籍から得た知見や感動を語り下ろす。まるで魚を三枚におろすように、本質を丁寧にさばいていく。
穂村弘さんという歌人が近・現代短歌を集めた『短歌のガチャポン、もう一回』(小学館)という短歌集を題材に、引き続き短歌という日本独特の文学の世界をテーマに、お話しさせていただきます。
“5・7・5・7・7”の、たった31文字で表現される短歌の面白さを武田流の楽しみ方で紹介していこうと思います。
お断りしておきますが、あくまでも武田流の解釈ですので、はからずも読み手の方の意図とは外れて、寄り道・脇道・回り道をすることもあろうかとは思いますが、そのあたりはどうか、ご容赦を。個々で違った感じ方ができるのも、短歌の面白さの一つということで。
では、さっそく本書にある素晴らしい短歌の数々から、いくつか紹介しましょう。現代短歌には、こんな句があるんですね。実にうまい句だなと思いました。
残された寿命のうちの10秒を
使って君に寄り目を見せる
(川元ゆう子)
皆さん、ピンと来ますか?
おそらく川元さんはご高齢の方だろうと思います。その貴重な残された寿命のうちの10秒を使って、孫に寄り目をして見せて笑わせた。
すべての行為は「残された寿命」を使って行われる。(中略)だからこそ、限りなく無意味に近い「寄り目」に特別な美しさが宿っている(穂村弘. 『短歌のガチャポン、もう一回』. 小学館, 2025)
選者の穂村さんはこのように解説されておりますが、私は、この一首には自分の命の限りを尽くして“孫”を笑わせたいという、澄み切った遊び心を感じ取りました。
戦国の世や幕末の志士たちが残した辞世の句と比べると緊迫感はありませんが、自らの残された命の一瞬を切り取って一首残したという、ある意味では辞世の句のような趣があります。
残りの命、余命をどう使うべきなのか。わずか人生の10秒、その10秒の使い方を、この句から教えていただいたような気がします。