■倭の五王=歴代天皇か
実は、これらはあくまで中国側の書物に記された名前で、日本では別の名で呼ばれていました。
そして現在、倭の五王とは、歴代天皇のことを指していたという説が有力とされています。
例えば、武は、『稲荷山古墳』(埼玉県)から出土した鉄剣の銘文に刻まれた“獲加多支鹵大王(ワカタケルオオキミ)”だったと言われています。第21代・雄略天皇ですね。雄略天皇の時代、大和王権は各地の豪族との結びつきを強め、その影響力を大きく広げたと考えられています。
稲荷山古墳から遠く離れた、『江田船山古墳』(熊本県)でも、ワカタケルの名が刻まれた鉄剣が出土していますし、雄略天皇の威光は、関東から九州にまで及んでいたんです。
では、そんな巨大な力を持った王様が、なぜ中国に使者を送ったのか。
一番に考えられる理由が、中国の皇帝から称号をもらうことです。
邪馬台国の卑弥呼が中国に使者を送り、“親魏倭王”という称号を得たのは、有名な話。倭の五王も同じく、中国の皇帝から、じきじきに倭王として認めてもらうことで、その権威を国内の豪族たちに示そうとしたと考えられています。