■頭ではなく体が記憶している

 実はこれ、圧倒的に「FJ」を選ぶ人が多いんですって。

 なぜか分かりますか?

 仕事などでパソコンを使う人って多いですよね。

 パソコンのキーボードを打つときに「FJ」は左手と右手の人差し指で打つから打ちやすいけれど、「FV」は左手の人差し指を2回動かして打つから両手で打つより打ちづらい。

 頭で考えたわけじゃないけれど、体が「FJ」のほうが打ちやすいから好きだと感じてる。つまり脳の中の記憶にはないけど、体が記憶しているんです。

 このように、何を好むかという判断も、頭ではなく体が無意識のうちに行っている。体が快・不快を無意識のうちにジャッジしているんです。では、体はどういう手段で快・不快を脳に伝えるのか。

 人間には食欲、物欲、性欲といった欲があって、その欲を満たしたときに幸福感を感じます。そうした幸福感、満足感が手に入ると、ドーパミンという神経伝達物質が産出されて「快」を脳に伝えます。求めていたものが手に入ったわけですから、「やったぜ」という記憶を脳の中に残す。これが快感なんですね。

 しかし、「やったぜ」と同時に、脳の中に「もっと、やろうぜ」という、さらに快感を求める気持ちが強く生まれちゃうんですって。これがドーパミンの罪なところ。

 私は、このドーパミンが私たち人類を人類にしたんじゃないかなと睨んでいるんです。

 太古の昔、アフリカで立ち上がったサルがいた。彼らは厳しい弱肉強食の世界を生きておりましたが、脳の中に発生するドーパミンの快の記憶から「もっと、いいもん食いてえなぁ」と思って、アフリカを捨てて別世界に移動した一派がいた。これが、たちまち世界中に広がっていく。

 移動に成功したやつらは「もっと行こうぜ」という話になって、なんとアフリカの東海岸からベーリング海峡を渡って南アメリカの先端まで移動していった。とてつもなくスゴい旅ですが、ドーパミンに導かれて、はるか彼方の遠くまで行ったのではないだろうか。

 人類が享受している文明もドーパミンの「もっと、やろうぜ」の賜物。「もっと便利にしようぜ」と快を求めた結果が現代文明を作った。

 しかし皆さん、ドーパミンには矛盾があることにお気づきでしょうか。「やったぜ」から「もっと、やろうぜ」を繰り返して、「もっともっと、やろうぜ」を突き詰めていくと便利になりすぎて、だんだんやることがなくなってくる。

 今や、先祖のようにはるか遠くまで旅をしなくても、うまい食べ物はそこらじゅうにある。インターネットで世界中の人とつながることもできる。金さえ出せば欲しいものは家にいても手に入る。それが現代社会。