■大河ファンが求めていたものではなかった
それだけならまだしも、武田方まで感化され、武田勝頼と徳川家康の間で行なわれた「高天神城の攻防」はお互いに空砲を打ち合って合戦しているフリをするから戦況が進展しない――という、無理のある展開も描かれたのだ。
ちなみに、歴史上では「高天神城の攻防」が長引いた理由は、高天神城が容易に物資を補給できる難攻不落の山城だったから、というのが有力視されている。
家康による逃亡の手助けを拒み、すべてを背負う覚悟を決めて瀬名が自害してからも家康は瀬名の理想を実現すべく思い続けているのだが、それは視聴者の支持を得られておらず、
《家康と瀬名を聖人君主にしたいがために他を堕としに堕としまくっている。ただ描写がヘタクソすぎるから、聖人君主じゃなくて、脳内お花畑のパッパラパーにしか見えない。》
《「大事に思っていた女にひどいことをした奴」をやっつける、がこの大河の家康の行動原理らしい。瀬名を信長に殺された?から信長を討ち、お市を殺した秀吉を討って天下を取る、その後は瀬名ビジョンに従って統治する》
《家康の目的が日本から戦をなくすという瀬名リスペクト思想だと今回出てきましたが、それなら信長に反旗を翻す必要ないので、その場に応じて自分の都合のいいように目的を変える蝙蝠のような男だということは明白です。こんな男に誰がした(脚本)》
といった手厳しい声が、SNSにも多く寄せられている。
「多くの声がありますが、総括すると“瀬名を美化して書きすぎたせいでおかしなことになっている”ということですよね。
『どうする家康』にはしっかり時代考証担当者もいるし、瀬名に限らず登場人物や史実をアレンジした展開は“斬新な解釈で面白い”といった好意的な反応も少なくはありません。瀬名の死亡回以降は“瀬名ロス”に陥る人も多かった。一定のファンはいるのでしょうが……それでも古沢さんの作風と大河ファンが求めていたものがあまりにも食い違い、総スカンと言えるような状態にまでなってしまった。
そうして、従来の大河ファンが離れていって世帯視聴率が下落し、さらに評判の悪さも相まって若いコア層の視聴者も増えず――という非常に厳しい展開になってしまったのではないでしょうか……」(前同)
どうするNHK、どうする松潤?