■ムツゴロウさんから感じる「畏怖」の概念

 この手の話を聞いた方は多いと思う。超メジャーになるとそれに比例して都市伝説や噂も出てくるという例でもある。しかし私がこれから書くことは、ムツゴロウさんについてのそういう「面白がり方」とは一線を画している。クソ真面目に当時の映像を見ながら考えてみたのだ。

 その結果感じたのは「畏怖」という概念であった。

 思い出してほしい。呼称に「〜さん」が入っているのは、お坊さん、おすもうさん、ムツゴロウさんである。人びとの親しみを集める一方で畏怖の念もある。とくにおすもうさんとムツゴロウさんは似ている。街で見かけたら人を柔和にさせる雰囲気がある。でもいざとなったら ……という想像も働く。

 追悼番組ではライオンと「触れ合う」様子が流れた。柵の中にふらっと入るムツゴロウさんにライオンは飛び掛かり、倒して寝技に持ち込もうとする。最悪の状況が思わず浮かぶ。ムツゴロウさんは倒れまいと体をひねり、逆にライオンの上になろうとする。まさに「攻防」である。画面にナレーションがかぶさる。

「ライオンとのスキンシップはおよそ30分続きました」

■『ムツゴロウとゆかいな仲間たち』スタートの経緯

 どう見てもスキンシップに見えない。ようやくライオンと離れたムツゴロウさんは、カメラの前にて肩で息をしながら笑顔でこう言うのだ。

「いやー、ちょっと危険を感じましたねぇ。いいですねぇ、これがなんとも言えないんです。なぜかというとね(こういう場では)金も地位も名誉も全然役に立たないんです。役に立つのは経験と今まで生きてきた情熱と魂だけなんですね」

 我々はとても良い言葉を聞いたように思う。しかし、ふと気づくのだ。「そんな状況、普通はない」ことに。他にもアナコンダやワニなどと想像を絶する「触れ合い」の場面が次々に出てきた。見ていると、次第に「こちらにムツゴロウさんが近づいてくる」という動物側の視点になっている自分に気づくのである。

 ここに「ムツゴロウさんとは何か?」のヒントがありそうな気がした。単に「ムツゴロウさんって実はヤバい」という面白がり方ではなく、もっと本質的なものに。調べてみると「文春オンライン」が2021年に本人インタビューをしていた。これが参考になった。

 まずフジテレビが1980年に『ムツゴロウとゆかいな仲間たち』をやろうとしたきっかけは、畑正憲氏とフジテレビの日枝久氏が新橋で食事をしていたときに「誰も行ったことがないような場所へ行って、思う存分動物と触れ合いたい」と畑氏が提案したところから始まったという。すると日枝氏はいきなり立ち上がって「畑さんそれやりましょう」と盛り上がった。

《「僕のすべてをぶつけます、手加減しませんよ」と宣言はしていたんですけど、番組スタッフの方には「大丈夫? 野生動物だから一歩間違えたら死んじゃうよ」ってずいぶん心配されましたね(笑)》(畑正憲)