砂利道を先導する軽トラックのテールランプが赤く灯り、ゆっくりと停車した。運転席から静かに降りたマタギの鈴木英雄氏は記者の車に近づくと、こう囁いた。
「その木の向こうの畑にクマがいます。分かりますか」(以下、すべて鈴木氏)
目の前で葉を揺らす木々の間に目を凝らす。ここは秋田県北秋田市にある阿仁打当(あにうっとう)の集落から車で10分ほどの山間部。見回りに同行して訪れた川沿いのソバ畑で、なにやら黒い小山のような塊が上下に動いていた。
クマだ。
「ほら、キョロキョロしたりして、ずっと動いているでしょう? クマは臆病な動物なので、ああやって、常に周りに注意を払う。ずっと同じ体勢で食事をするようなことはしません」
鈴木氏に借りた双眼鏡を覗くと、確かに大人のクマが四つんばいになったり、腰を下ろしたりと、落ち着かない様子でソバの実を、むしゃむしゃと食べている。
「今朝、この周辺で3頭の目撃情報がありました。まだ他にもいると思うので、奥に行ってみましょう」
ソバ畑沿いの山道を車で200ⅿほど進む間、さらに3頭のクマに遭遇した。特に、最後の1頭は30〜40ⅿほどの近距離だったためか、立ち上がって威嚇された。サイドウィンドウ越しに、ツキノワグマの特徴、胸元の三日月状の白い斑紋がハッキリと確認できた。
「立ち上がる姿は、なかなか見られないですよ。3頭って聞いていたけど、1頭多かったな。記者さんはツイてますね(笑)」
“マタギの里”として知られる阿仁。今年78歳になる鈴木氏は、打当集落で9代続くマタギの家系に生まれ、現在、打当マタギのシカリ(頭領)を務めている。
近年、全国各地でクマの出没が相次ぎ、社会問題化している日本列島。鈴木氏も、こう言って顔を曇らす。
「最近のクマの出没具合は異常です。昔は山で畑仕事をしてもクマは出てこなかった。ここ10年ほどで急激に目撃数が増えました」
今年4月から8月末までにおいて、人間の死傷被害は全国で69人に上り、うち死亡者は5人。死亡者が6人を数えた2023年を更新しそうな情勢だ。
北海道では7月12日未明、道南の福島町で、新聞配達中の男性がヒグマに襲われ、命を落としている。また、岩手県北上市では7月28日に81歳の女性がツキノワグマに襲われ、死亡。その後も、全国各地で負傷被害が頻発している。