横綱、親方として、相撲を通じて日本文化や神事に長らく関わってきた貴乃花。自身が体験したことや、本を読んで学んだこと、そして、心に残った“ニッポンの魅力”を、歴史の話も交えながら伝えていく。

 中国の歴史は日本人にはなじみが薄いですが、“秦の始皇帝”はご存じの方も多いでしょう。その名の通り、初めて中国を統一し、皇帝を名乗った人物です。

 歴史好きなら世界遺産の兵馬俑を思い浮かべるかもしれませんね。始皇帝の陵墓(お墓)近くに埋められた、兵士や馬をかたどった粘土の像で、これまで数千体が発見されています。死後も皇帝を守るために造られたとされ、高い写実性と精巧さから、1974年の発見当初、掘り当てた農民が「人の遺体が出た!」と勘違いし、大騒ぎになったという逸話も残っています。

 他方で、世界遺産の万里の長城にも始皇帝は関わっています。春秋戦国時代に各国が北方民族の侵入を防ぐために築いた城壁を、始皇帝がつないで長城にしたんですが、一説では、この工事には約100万人が動員され、完成時の全長は5000㌔(1万里)にも及んだそうです。

 こうした巨大プロジェクトを実現した始皇帝は、統治力がずば抜けていたそうです。大国“秦”の王様として中国を統一すると、王族に土地を与える封建制度を廃止し、全国を郡と県に分けて皇帝直属の役人を派遣する“郡県制”を導入。さらに、法律・文字・貨幣などを統一し、本格的な中央集権国家を築きました。

 こうした功績から、始皇帝は現代の中国でも高い評価を得ています。今回は、そんな彼の出自に関する驚くべき説を紹介しましょう。中国の方々からすると受け入れ難いと思いますが、始皇帝=ユダヤ人説です。