■思春期のエロ本と同じ メンズマガジンに編集

 そうした世相を表す当時の川柳に、こんな句が残っています。

『細見を四書文選の間に読み』

『足音がすると論語の下へ入れ』

 真面目に勉強しているように見えて、実は広げた本の上に細見をのせて、こっそり読んでる。そこに誰か来たから慌てて論語の下に隠した。

 思春期のエロ本と同じですよね。ガイドブックとしてはもちろん、メンズマガジンとして蔦重は細見をヒットさせたんです。

 斬新なアイデアと編集能力で、吉原本を次々にヒットさせていく蔦重は圧倒的に遊女たちからの評判も高く、お大尽と呼ばれる大金持ち筋や、花魁ファンクラブの庶民たちからも支持を集めたそうです。そういった人たちとの連携を強めていくことで、吉原が江戸文化の発信地になっていったんですね。

 男たちの憧れの街でもある吉原ですが、妓楼の経営者や吉原で商いを営む者たちは、世間から、わりと冷たい目で見られていたといいます。

 NHK大河ドラマの『べらぼう』で蔦重が自らを蔑んで笑いながら言った捨てゼリフがあります。

「女の股座で飯を食う 腐れ外道の忘八者」

 忘八者とは「仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌」という人間社会で守るべき8つの道徳的規範を忘れた者、という意味。私は、このセリフを聞いたときに思いました。「大河ドラマでよく使ったな」と。

 私も大河ドラマは経験しておりますが、「大河に新風を吹き込もう」と、このセリフを、あえて使った『べらぼう』スタッフ陣の気概には、絶賛の拍手を贈りたいと思います。

 もう1回、言わせてください。

「女の股座で飯を食う 腐れ外道の忘八者」

 カッコいいよねえ。「どうせ俺は」なんて言うより「腐れ外道の忘八者」のほうが断然カッコいいもの。男なら1回は、こんなたんかを切ってみたいよねえ。

 蔦重が残した本の中には、メンズマガジン的な流行りの本だけでなく、今では国宝級の資料とされている超豪華本もあります。それが『青楼美人合姿鏡』というビジュアル本。

 吉原時代の蔦屋重三郎の最高傑作として名高いこの本は、遊女163人の艶姿が多色刷で描かれていて、絵師は北尾重政、勝川春章という当代きっての“二大絵師”。絵師も一流なら刷職人も一流、紙質も良ければ色合いも抜群。なにせ、国宝級の資料になるぐらいの仕上がりだ。

 この本の制作費も前金制で賄ったようで、花魁経由で、彼女たちを“推す”ごひいき筋たちから金を出させたらしい。だから、グラビアで扱った花魁に偏りがあったそう。つまり金を多く出したほうが、いい扱いというわけ。

 吉原のタウンガイドからスタートして、国宝級のグラビア誌までつくった蔦屋重三郎。これぞ、まさに江戸の出版王の真骨頂!

蔦屋重三郎―江戸の反骨メディア王―
蔦屋重三郎―江戸の反骨メディア王―

増田晶文著。20代前半で吉原大門前に書店を開業し、出版界に新風をもたらした蔦屋重三郎。吉原の「遊郭ガイド」を販売し、「狂歌」や「黄表紙」のヒット作を生んだ背景  “江戸のメディア王”の波乱万丈な生涯を描く。

武田鉄矢(たけだ・てつや)
1949年生まれ、福岡県出身。72年、フォークグループ『海援隊』でデビュー。翌年『母に捧げるバラード』が大ヒット。日本レコード大賞企画賞受賞。ドラマ『3年B組金八先生』(TBS系)など出演作多数。