■傍若無人ぶりで球界に君臨した男
「監督3年目の97年にコーチの村田兆治さんが途中退任しましたが、“体調不良で入院”というのは表側の理由。あれは、投手陣が不甲斐なかったある日の試合終わりに、兆治さんを監督室に呼びつけて、怒り狂った末に、王さんは熱々のコーヒーをぶっかけたんです。
で、兆治さんが“やってられるか”と。あの鉄腕が易々と入院なんてしませんよ(笑)」(元夕刊紙記者)
そんな王以上の傍若無人ぶりで球界に君臨したのが、ロッテで監督を務めた“カネやん”こと金田正一だ。
「語り草は90年6月23日西武戦での審判殴打事件。ボークの判定に怒り狂ったカネやんは球審を突き飛ばし、左フックに左回し蹴り。試合後は所沢署が暴行事件として、捜査に乗り出す大立ち回りでした」(前同)
金田第2次政権の主力・愛甲猛氏は、こう振り返る。
「ウチの選手も含めた球場の全員が“どう見てもボーク”と思っているのに、金田さん一人が大暴れ。30日の出場停止が解けた直後のミーティングでも、反省どころか、投げた本人の園川(一美)に“ワシに二度と恥をかかせるな”と大説教。さすがだと思ったよ(笑)」
ちなみに、カネやんの怒りに火がついたのは、慌てた園川の「三塁コーチャーの伊原(春樹)さんがヘンな動きをした」という弁解を信じたから。自軍の選手を疑わないピュアさが招いた事件だったのだ。
名指しされた当の伊原氏は、そんな疑惑を一笑に付したうえで、「悪印象はまったくない」と、振り返る。
「その前年、清原(和博)が、平沼(定晴)に当てられて乱闘になったときは、暴言を吐いてきたディアズの髪を引っ掴んだり、私も相当にやり合ってさ。
再開後に抗議に言ったら、金田さんも、そのときは“それはスマンかった”と平謝り。今思えば、私も随分と偉そうな口を利いてしまったものだと思うけどね」