「非常に危険です」
誰の耳にも残るキャッチコピーと元傭兵の肩書をひっさげ2000年代前半のテレビ業界で引っ張りだこだったのは軍事評論家のテレンス・リー氏(61)だ。
「リー氏は1983年に大学に進学した後に渡英。その際、ロンドンで傭兵にスカウトされたそうです。その後は狙撃や諜報活動を行なう傭兵として中南米やアフリカの戦地に赴いたといいます。92年に戦地から退くと、その翌年には帰国。そして経歴を活かしてコメンテーターなどとしても活躍しました。『サンデージャポン』(TBS系)や『ホンマでっか!?TV』(フジテレビ系)などテレビにも多数出演していましたよね」(スポーツ紙記者)
そんなリー氏の近況が報じられたのは『FRIDAY』(25年12月19日発売号)でのことである。リー氏は同誌で「医師からは余命1か月と言われています」と自身の近況を明かしたのだ。リー氏が余命を明かしてから約2か月――。本サイトは現在のリー氏の様子を尋ねるべく取材を申し込んだ。
取材はリモートで行なわれた。取材当日、パソコンの画面越しにハイボール缶を片手に現れたリー氏は往時の筋骨隆々の姿からは想像できないほどに、ほっそりとした印象であった。そんなリー氏に現在の症状を尋ねると、「余命1か月」と伝えられたとは思えぬほど、ハキハキとした明るい口調で取材に応じてくれた。
――現在の状態を教えてください。
「リウマチのような自己免疫系の疾患が出ている状態です。両手両足に慢性的なしびれや痛みがあるんです。たとえると、正座してめちゃくちゃ足が痺れてから、その痺れが和らいでいく際に感じる1番ひどい痛みが、24時間365日ずっとある感じ。痛みが酷くなるとステロイド剤を飲むとか、病院でステロイドの点滴を使うとかしているんです。昨年も2回打ちました。今も左手は親指しか動かない状態です。2~3日に1回は38度以上の熱も出ます。酷いときは40度超ですから、かなり辛いですね」
――これまでの経緯を教えてください。
「最初に症状が出たのは93年の秋のことですかね。左ひざが太ももくらい腫れたんです。当時の私の太ももは競輪選手くらい太かったんですけど、ひざがパンパンになって寝返りもうてないほどの激痛がありました。友達に頼んで病院に連れて行ってもらったときも痛みに耐えられないからと車内で猿ぐつわをしていました。数日で痛みは引いたのですが、翌年の年明け1月には再発。痛みが和らいではまた痛むを繰り返していました。徐々に痛む期間も長くなっていき、00年代には1年の半分くらいは痛みと闘っている生活でしたね」
――そうなるとテレビへの出演もかなり大変だったのではないですか?
「出演していた『サンジャポ』のロケも足が震えて歩けないのに、鎮痛剤を通常の5倍は飲んで臨んでいましたね。それでも効かないから地方のロケでは当時交際していた看護師さんに同伴してもらい点滴を打って撮影していましたよ。
『ホンマでっか』でも、大量の鎮痛剤を飲みながら、追加で座薬を2錠使用して、痛みに堪えながらコメントしていました。鎮痛剤を大量に飲むからか、副作用で口内の炎症も酷いことになるんです。それでもテレビだから口内炎だらけの口で滑舌良くしゃべらないといけない。よくやってたよね」