■「余命1か月宣告」から2年近く生存
――「余命1か月」という文言には驚かされたのですが、そう告げられたのはいつのことだったのですか?
「2024年5月ですね。そのときは吐血も下血も酷かったんです。知り合いの医師に相談し、病院で検査を重ねたところ全身性エリテマトーデスと多発性動脈炎と言われました。その後は、様々な病院を訪ねました。それでも行く先々でお医者さんの診断が変わるんです……。
重度のリウマチと言う人もいれば、全身性アミロイドーシスと診断するお医者さんもいました。どんな病名かというのは分かりませんでしたが、共通してお医者さんに言われるのは、自己免疫系の疾患ということでしたね」
──日常生活すら大変ですよね。
「今は調子が良くても松葉杖がないと歩けません。屋内で移動するのもトイレに行くのがやっとです。トイレでズボンを脱いでお尻を拭いてといった行動は自分でできていますが今後、人のお世話になるようなことになったら嫌だな~と思っています。コロナ前には松葉杖を使って外出できていましたが、今は外に出るときは車椅子。その車椅子も、自分じゃ押せないから介助が必須になります。
階段を上り下りする際は前と後ろに人に立ってもらって手伝ってもらう必要だってある。家の中の移動だけでも、肩で息をするような疲労感があります。月の医療費だって10万円はかかりますし、経済的負担も大きいです」
──病気に伴う食事制限や、薬との飲み合わせによるアルコール制限などはないのでしょうか? お酒がお好きで、今も飲まれているようですが……。
「本当だったら私は食事制限をしてコレステロールを下げた方が良いんだけど……。そんなことをしたところで助かるわけでもないので、お医者さんは“好き勝手食べて飲んで”って(笑)。
酒は毎日飲んでるし、昨日も唐揚げ10個くらいに餃子、レモンサワー、最後につけ麺の大盛りを平らげましたよ。もう長生きしようとも思っていないので、我慢せず好きなことをしようと思っています」
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取材の冒頭から、ハイボール缶を片手に陽気な姿を披露してくれたリー氏。取材中も自ら席を立ち、ハイボール缶を片手に席へと戻ってくると不自由な手の代わりに口と歯を使い器用に缶を記者の目の前で開けてみせた。病魔に侵されながらも我慢をせず、自分の好きなように生きていくその姿からは、頼もしさすら感じられた。
【余命1か月報道から2か月】テレンス・リーに聞いた「なぜここまで生きられたのか?」 「人生でやり残したこと」とは《緊急インタビュー》では「余命1か月」と医師に告げられ闘病生活を送る中でリー氏に起きた考え方の変化などを詳報している。
テレンス・リー
1964年10月30日生。元傭兵。軍事評論家や危機管理コーディネーターとして活動している。『俺は戦争下請け屋 - MEAT IS MURDER』(東邦出版)や『テレンス・リーのまず3日生き延びろ! ― 大震災サバイバル読本』(双葉社)など著書多数。