■自分を強く通すと家族は、うまくいかない
私が小学校6年生だったとき、兄は大学を卒業し、地元・福岡で地方新聞社に就職したばかりの時期でした。その兄にある日、父が説教を垂れたんです。
「新聞社で働くならば、歴代天皇の名を諳んじるぐらいの頭がなければならん」と、父自ら、歴代天皇を「神武、綏靖、安寧……」と唱え始めたのです。兄はたちまち反発して、「これからはアメリカの大統領の名を何人知っているかが勝負たい!」とジョージ・ワシントンの名を父に被せるんです。……ホントに、うっとうしい親子喧嘩でした。自分を強く通すと家族は、うまくいかないものですね。
私、思うんですよ。「支えてくれない」なんて愚痴をこぼしちゃったけど、大事なことは、妻や子供たちは私の添え木ではないということなんですね。根っこのある“人”という樹木なんですよ。だからそこに咲いている花や実は彼らのものであって、私のものではない。
私は私の花を見るべきであって、子供の花を、いかにも自分が咲かせたように誇るものではない。それは妻が、あるいは子供たちが咲かせた自分の花なんだ。つまり私にとって、女房も子供も“庭”なんですよ。
これは今回のテーマの初回でもお話ししましたが、庭というのは家の敷地内にあって触れることはできても、けっして支配することはできない場所のことを指します。《#01はこちらから》
季節が春なのに「秋の花を咲かせろ」と庭に命じても秋の花を咲かせることはできないように、妻も子供も同じ家に住んで家族ではあっても、自分の思うようにはならない。
つまりコントロールできるようなものじゃないんです。
さて、そんな家庭から表に出て、私も芸能というところで仕事をしているわけですが、そこでも絶えず眠れない不安に遭遇しております。
仕事現場で自分が、きちんと仕事できているかどうか、芸能に生きる我々は自分でチェックしなければいけないんですが、本音を言ってしまえば、ものすごく疑わしいときがあるんですよ。
例えば、朝のニュースバラエティ番組に出演していたときのこと。谷原章介さんというステキな司会者の方がお隣にいらっしゃいましたが、彼は政治や経済の話に、ものすごく強い。だけど私は悲しいかな、政治経済の話で、この人と絡む力がないんですわ。
私の能力っていうのはたかだか知れていて、ホントのことを言うとね、円が150円から160円になることを、なんで“円安”というのか分からないのよ。経済用語一つ取っても理解できていないから、それを立て板に水のごとく話す谷原さんを見て、「この人、頭いいなぁ~」とボーッと思っているだけ。そこで、いきなり「武田さんは?」って話を振られると、「ううん……」って考えるフリしながら時間がたつのを待ってるだけのコメンテーターが、この私。
はたして自分がちゃんと仕事できているかどうか、なんとも怪しい。