■内田樹のエピソードを彷彿とさせた短歌

 次の一首にいきましょう。皆さんの目の前に水晶の結晶を置いたつもりになってお読みください。

 

切断されし水晶の切口が
或角度にて暗黒に見ゆ
(真鍋美恵子)

 

 何やら意味深な歌ではありますが、皆さんも実際に水晶をご覧になってみてください。お家にある家庭はそんな多くないかもしれませんが(笑)。

 水晶は向こう側が透けて見えますよね。透明な水晶ですが、多面体の水晶をよ~く見てください。全部透けているのに、ある角度だけ、どこかの面が真っ黒に見えるんですよ。不思議ですよね。確かに光を通さない真っ黒な面がある。その暗黒面が、この短歌の作者の目の付けどころ。

 これは武田の過大解釈ではありますが、水晶と人間の心はどこか似てるのではあるまいか。

 人間の心というのも水晶みたいなもので、多面体で透き通っているはずなんだけど、ぐるりと見回せば、一面だけ真っ黒なところがある。その真っ黒な一面に、言葉では言い表せない不思議な何かが潜んでいると思うんです。自分でも正体が分からない何かが心の中のどこかにある。

 この歌からこんなことを思い出しました。本旨からは少し脇道に逸れるかもしれませんが、ご紹介させていただきます。

 内田樹さんという哲学者がおられます。この方の書かれた本が好きで私はよく読むんですが、大変頭のいい方で、東大に進学し、1969年、この方は10代の予備校生だった。

 ところがこの時代は70年安保の真っただ中、東大全共闘が暴れまくっていて、勉強どころじゃない。

 その東大全共闘と三島由紀夫が意見を戦わせた伝説的な討論会がある。1969年5月13日、東京大学教養学部900番教室の会場に集まった約1000人の学生と約2時間半にわたって討論が行われた。

 当時の内田青年は三島由紀夫にものすごく興味があったそうです。

 討論会で三島由紀夫は東大全共闘に向かってこう呼びかけた。

「天皇を“天皇”と諸君がひと言言ってくれれば、私は喜んで諸君と手をつなぐ」

 三島は東大全共闘相手に訴えかけます。

「日本という国は天皇を中心にまとめない限り、だらしのないアジアの小国で、金儲けに薄汚いアニマルである。天皇を中心にしたときのみ、日本人は美しくなる。ともに天皇中心の政治を考えよう」