■カシミアコートで吉野家に入店
そんな篠山さんは、仕事をする際、あることにこだわっていた。
「食にはうるさい人でした。撮影前に新人編集者がコンビニのおにぎりなんかを買っていくと、怒る、怒る。“これから愛を込めて写真を撮るのに、人工的な飯じゃ格好がつかないだろう”ってね。
先生がカメラを構える時には、各社の編集者が気を利かせて、老舗料亭なだ万の弁当なんかを揃えるんです。僕らアシスタントもおこぼれにあずかりました。振り返ってみると、当時が一番良い物を食べていたように思います」(前出の篠原さん)
そんな篠山さんだが、超高級なものだけを口にしていたわけではないという。篠原さんが師匠とともにした、忘れることができない晩餐の一幕を明かす。
「熱海で女優さんの撮影をした帰り、夜中の車中で、先生が“腹が減った”と言い始めたんです。“どこでもいいから入れ”と言うので吉野家の駐車場に車をつけました」(前同)
それまで、篠山さんが一度も訪れたことがなかったという吉野家。車内からカシミヤのコートを羽織って出てきた師匠を、篠原さんが店内へと案内すると、物珍しげに店内を見つめていたという。
「当時は、カウンターの中にある冷蔵庫に小鉢が入って並べられており、客はセルフ形式で取って食べていました。それを見た先生が“あれは食って良いのか?”と。たしか、先生はゴボウサラダを食べられたと思うのですが、初めての吉野家ですから付属のドレッシングの使い方がわからなかった」(同)
使い切りのドレッシングを自分で折り曲げて出す、ディスペンパックを自分の方に向けて使ってしまった篠山さん。コートの下に着ていた超高級ブランドのアルマーニのジャケットは、ドレッシングで汚れてしまった。すると、慌てた店員が篠山さんの服を拭こうと、おしぼりを持って厨房から姿を見せたという。
「先生はそれを見て“この店はサービスがいいな”と感心していましたね。どこか世間離れしたところがあって憎めない人でした」(同)