駅のホームの片隅から漂ってくる、濃い醤油つゆの香り。発車ベルを気にしながら、熱々のそばを一気にかき込む──。かつて通勤途中のサラリーマンにはおなじみだったホームの立ち食いそばが、いま静かに消えつつある。
「昔は駅弁などを作る外部業者が、ホームに店を出すケースが多かったんです。いまは鉄道会社系のチェーンが中心になり、外部業者の店は首都圏ではかなり少なくなりました」
そう話すのは、戦後大衆食を研究するライター・本橋隆司氏だ。
「もちろん、駅そばそのものがなくなったわけではありません。現在も『いろり庵きらく』『そばいち』『箱根そば』『しぶそば』などがありますが、こうした店は鉄道会社系のチェーンが中心です」(前同)
ただ、電車が行き交うホームの片隅で湯気を上げる、昔ながらの立ち食いそばは姿を消している。
「今年6月には京成・青砥駅ホームの『三松 青砥店』が閉店しました。東京駅でも2022年9月、東海道新幹線ホームで34年以上続いた『東京グル麺』が姿を消しています。昔ながらのホーム店は、いまも少しずつ減り続けているんです」(グルメライター)
『東京グル麺』は一時、1日600人超が利用する人気店だったが、コロナ禍では売り上げが以前の8割減まで落ち込んだという。
なぜ、ホームそばは消えていくのか。
「理由は一つではありません。店舗の老朽化やコロナ禍に加え、大きいのは駅のバリアフリー化や改修です。エレベーターやホームドアを設置するなら、限られたスペースをそちらに使う。再開発で飲食店を駅ビルなどへ集める流れもあります」(前出の本橋氏)
そもそも昭和のホームそばは、驚くほど狭い店が珍しくなかった。
「店の中に入り切れなくて、丼を持ったままホームに立って食べている人も結構いました。いまではなかなか見られない光景ですね」(前同)
それでも、働く男たちにとっては欠かせない存在だった。
「昔は駅の中に今ほど飲食店もなく、コンビニもありませんでした。乗り換えや仕事の途中で、素早く腹を満たせる駅そばは非常に便利だったんです」(同)