■単なる食事ではなく、その人の仕事人生と結びついている

 時間のない男たちのための一杯。そのせわしなさは、味にも表れていた。

「昔のホーム店は厨房が狭く、あらかじめ茹でた“ゆで麺”を使う店が多かったんです。10秒、20秒ほど湯がけば出せる柔らかな麺に濃いつゆをかけ、少ししんなりしたかき揚げを浸して一緒にかき込む。あれが昔ながらの駅そばらしい味でした」(前出の本橋氏)

 かつて地下鉄・方南町駅の2番出口そばにあった『ちかてつそば』では、“ぬるそば”という珍しいメニューも名物だった。客の「つゆをぬるめにしてくれ」という注文から、“ぬるいそば”まで生まれたという。

「熱々だと食べるのに時間がかかる。それなら急ぐ人のために最初からぬるくしておこうと。忙しい利用客の生活に合わせて作られていたことがよく分かる話です」(前同)

 そばを冷ます数分さえ惜しい──。そんな昭和のサラリーマンの時間感覚まで、一杯のそばに刻まれていたのだ。

 その面影をいまに伝える店の一つが、品川駅の『常盤軒』だ。

「品川駅の『常盤軒』は、1923年に弁当販売を始め、立ち食いそばは1964年に開業しました。かつてはホームに5店舗ありましたが、現在残っているのは山手線1番線と、横須賀・総武快速線13、14番線の2店舗だけです」(前出のグルメライター)

 全盛期には、「こっちの店のつゆのほうがうまい」と、ホームごとの味の違いを語る客もいたという。

「西へ向かう東海道線などの店は、醤油を少し薄めにしていたという説もあります。西日本へ向かう玄関口だから味を変えていたのではないか、という話ですね。これはあくまで諸説ありますが」(本橋氏)

 現在、ホームそばを訪れると、60代、70代の男性客の姿も目立つという。

「現役時代にずっと利用していて、定年後に近くを通って“懐かしいな”と入る。“営業をやっていた頃、外回りの途中でいつもここで食べていた”というように、単なる食事ではなく、その人の仕事人生と結びついている店もあるんでしょうね」(前同)

 変わったのは、そばの味よりも、その後に向かう場所なのかもしれない。

「ホームのそば屋は今後も減っていくと思います。でも、ホーム上で電車を眺めながら、丼を持ってそばをすするという体験はとても貴重です。なくなってしまう前に、一度味わってみてほしいですね」(同)

 かつて無数のサラリーマンが腹を満たした昭和の風景は、その香りとともに、少しずつホームから遠ざかっている。 

そばギャルとおじさん 1 (熱帯COMICS)
そばギャルとおじさん 1 (熱帯COMICS)

そば好きのサラリーマン・秋丸泰造、日サロ店員の金髪ギャル・じゅりな。
立ち食いそば屋で残り一個の天ぷらをシェアしたことがきっかけで「ソフレ(そばフレンド)」になったふたりは、いっしょにそば屋巡りをすることに…!!
コロッケそばの過激な食べ方、生卵の食べ方の流儀、至高の肉そば対決など…ギャルとおじさんが〈そば〉をおいしく食べ尽くす極上のグルメ漫画!
原案・監修:本橋隆司 漫画:稲葉そーへー 光文社

本橋隆司
1971年東京生まれの編集・ライター。立ち食いそば、町パンなど、戦後大衆食の研究、執筆を続けている。近著は原案・監修を務めたコミック『そばギャルとおじさん』(光文社)